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隣に座る  作者: 近藤近道
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第五話

 ふらりと吸い寄せられるように梅のおにぎりを手に取った瞬間、これだとまたおかずの交換に失敗してしまう、と気が付いた。おにぎりはやめて、弁当を手に取る。コンビニ弁当のおかずと家庭で作ったお弁当のおかずを交換する。対等でない感じがしたけれど、気にしてもどうにもできない。不安を飲み込んで、ついでにお菓子を買うことにした。お菓子を分けるのを見たことがある。クラスメイトがやっていたのと同じ物を買った。

「ねえ、席使ってもいい?」

 昼休み。相原さんの所へ行こうとしたら、近くに座っている女子から話しかけられた。

「あ、大丈夫です。どうぞ」

「ありがとう」

 誰かが使うのなら綺麗にしておかないといけない。いつもは机の上に置いておく筆箱を鞄の中に入れた。断る理由なんて無い。だけど自分の席が他人に使われるのは、ちょっと嫌だ。だって教室に僕の居場所が無いみたいだ。代わりになる場所があれば、こんな風には思わないのだろうけど。

 相原さんの場所に向かう間、僕は緊張している。彼女はたぶん「座ってもいいよ」と言ってくれるだろう。でもやっぱりそれは電車で隣に座るのと同じだと思うのだ。友達ではなくて知り合い。机をくっ付けるような間柄ではない。

 いつも通り「隣、いいですか?」と聞こうとした。

「隣、どうぞ」

 僕が定型句を言うより一瞬早く相原さんが口を開いた。不意打ちされて言葉が出てこなくなる。二秒くらいしてようやく「ありがとうございます」と言って座ることができた。

「今日はリベンジに来ました」

「リベンジ?」

「おかず交換の」

 相原さんは、ああ、と昨日のことを思い出したようで、首を上下に小さく振っていた。

「それで今日は何のおにぎりを買ってきたの?」

「そういうキャラじゃないんですけど」

 否定しながら買ってきた弁当を見せる。すると即座に相原さんは「から揚げ欲しい」と言った。

「はい、どうぞ」

「それじゃあこっちから何か取って」

 相原さんのお弁当を見る。ウインナーがタコさんだった。

「これ」

 可愛らしさに惹かれて、他の物が見えなかった。指で摘む。

「うわ、恥ずかしい」

 やめてと言っているのにお母さんはウインナーをタコにする、ということを相原さんは話した。

「やりたくなる気持ちはわからないでもないんですけど、やられたら相当恥ずかしいですね」

「もう高校生なのにね」

 自己主張をしている足を一本ずつ食べる。小さい頃、そうやって食べていた。

「でも相原さんは偉いですね。僕、親の作ったお弁当を持っていくのって苦手ですよ」

 どうして、と相原さんが促してくる。

「ウインナーがタコさんになっている、とかいうわけじゃないんですけどね。なんかお弁当ってその家の個性が出る気がするんですよね。それがなんか照れくさくて」

「それでコンビニで買うことにしたんだ」

「親に反対されたんですけどね。反抗期のガッツで押し切りました」

 今になってみれば別に弁当でもいいじゃないか、とも思うのだけど、今更そんなことを親に言えるわけがなく。

「でも楽しそうだよね。コンビニに行く子、お菓子買ったりしてるもん」

「その楽しげな物ならありますよ。ほら」

 お菓子の箱を見せると、相原さんの目が輝いた。昼の陽光を受けて、本当に光沢を見せている。そんな彼女が「素晴らしい」と言った。

「なかなかやるね」

「座らせてもらっているので、少しでも楽しい昼食を演出しようかと思いまして」

「いいね。それじゃあ後で食べさせて、それ」

「勿論」

 梅干を口に入れた後、相原さんは「ところでさ」と言って「竹村君って確か二年生だったよね?」と聞いてきた。

「そうですけど」

「飛び級とかそういうやつじゃないよね。今年で十七歳だよね」

 飛び級なんて聞き慣れない言葉まで持ち出してくる。何を聞きたいのかよくわからないものの「今年十七ですよ」と答える。彼女の疑問はすぐにわかった。

「それじゃあどうしていつも、ですます口調なの?」

「そういうキャラなので」

 相原さんは「キャラ?」と言って、目線が上に行く。箸も上を向いて、何かを掴もうとふらふらしている。

「ええっと、そういう風にキャラを作ってるってこと?」

「ごめんなさい。普通に性格って言えばよかったですね」

「そうなんだ。そういう感じで話してくるの後輩くらいだから、年下だったっけ、って思っちゃったんだよ」

 僕は使っていてそんなイメージなんて無かったものだから「そうか。そういうこともあるんですね」と感じるのだった。

「生まれた時からこんな感じなんですよ。おぎゃあ、って頭におを付けるんです」

「じゃあ普通の人はぎゃあなんだ」

 冗談めかして相原さんが言った。「ぎゃあですね」と肯定すると既にくすくす笑っていた相原さんは「それじゃあ悲鳴みたい」と言って、あはあはと笑い出した。

「まあ冗談なんですけど。一時期タメ口で話すことが全然無かったたのでそのまま定着しちゃったんですよ。今はもう、こっちじゃないと違和感あるくらいで。慣れって怖いですね」

 直そうにもタメ口で話す相手が全然いない。

 相原さんがお弁当を食べ終える。彼女のペースに合わせて普段よりのんびり食べていた僕は彼女のお弁当箱が空になったのを見て、残りを食べ切った。そしてお菓子を出す。漫画などで煙草を差し出す時みたいにやりたくて、袋の下側から指で押してチョコレートでコーティングされた棒を持ち上げる。

「どうぞ」

「ありがとう」

 伝わらなかったのか、相原さんはそれを普通に摘んで食べた。

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