第四話
放課後にそのまま家に帰ってしまうのもつまらないと思って、校内をうろついていた。こんなこと今までしたことが無かった。相原さんと出会ったことで、欲求が芝生の世界を歩く。
昼休みと違ってベンチに座っている人はいない。ただのオブジェクトになっている。相原さんが座っていたベンチもまるでゲームの背景のようだ。置物になっているそれをしばらく見ていた。放課後ここにいるわけないか。そう思って再び歩く。
グラウンドでは部活で頑張っている人たちが走っていた。授業中とは違った雰囲気。全員が部活動の時間を満喫しているかのようで、グラウンドはどこか赤みを帯びていた。もしかしたら他人事だからそんな風に思えるのかもしれない。運動部に入りたいとは思わない。当事者になった時見えるグラウンドは授業中と同じで、たぶん暗雲の色をしている。
太陽の光を集めている場所から少し離れて校門に向かって歩いていると、その途中に女の人が立っていた。もしかして、と思って見つめてみるとその人は確かに相原さんだった。じっとグラウンドを見ている。
「相原さん?」
声をかけると、彼女の体がびくりと跳ねた。それまでは相原さんの時間だけ止まっているみたいだった。
「あ、竹村君」
大きくなっていた目が「びっくりしたあ」と言って笑うと元の大きさに戻る。
「何を見ていたんですか?」
グラウンドの方に特に変わったことは無い。知り合いの活躍を見守るならもうちょっと近くから見ていてもよさそうだ。
「何を見ていたってわけじゃないんだけど、部活っていいなあ、って思って」
「相原さん、部活は?」
相原さんは「ええっと」と言って数秒考えた。「帰宅部かな」
「奇遇ですね。僕もそれです」
「そうなんだ。それじゃあこれから帰るところ?」
「はい、そうです。ご一緒してもよろしいですか?」
「いいよ。それじゃあ行こうか」
さっきまで立っていた相原さんが歩き出す。グラウンド。部活。何か思うことがあるのだろうか。ちらりとグラウンドを見る。授業が終わってすぐに家に帰る生活よりも、夜遅くまで一生懸命走っている姿の方が素敵だと受け止められることは知っている。相原さんと一緒に帰れることは嬉しいのだけど、部活をしている人たちを意識すると、影と一緒に薄暗い感情がついてくる。自分の人生の使い方は間違っているような気がするのだ。
「部活って、かなり遅い時間までするとこがあるらしいですね」
「そうそう。友達が帰るの七時だとか八時だとか言ってた。大変だよね」
「それを考えると、すぐに帰宅する僕たちは時間が結構あるってことなんですけど、相原さんは普段何してます?」
相原さんはにやにやしながら「今の繋げ方はちょっと無理があるんじゃない?」と言ってきた。そんなことを言われても上手に喋ることなんてできない。
「唐突なのが売りなんですよ。で、何してます?」
「今度はごり押し」
そう指摘した相原さんは「そうだなあ」と言って顔を上へ傾けた。
「ゲームばっかやってるね」
「ゲームですか。僕もそんな感じです。相原さんはどんなゲームをやるんですか?」
相原さんは今プレイしているゲームのタイトルを言った。超人気タイトルだ。
「ああ、気になってはいたんですが、結局買ってないんですよね、それ」
どうにも上手く噛み合ってくれない。同じゲームで遊んでいて「それじゃあ今度一緒に遊びましょう」と約束する展開になってほしかったのに。
「面白いよ。買えば?」
「それじゃあ今度買ってみます」
こっちのプレイしているゲームを挙げてみるが、やはり相原さんとは一致しない。数年前にやったものに遡ってみて、やっとのことで共通項が見つかる。裏技の話とかして盛り上がるものの、距離が縮まった感じがしないまま駅が近付いてくる。でも冒険できない僕は、これでも好感度が少しは上がっているから大丈夫、と自分を誤魔化す。
いつ別れることになるんだろうか、と心配しているうちに駅に着いた。そして乗る電車が同じだということがわかって、嬉しくなる。相原さんが座ったので、僕もその横に座る。電車の中を座って過ごすのはいつ以来だろう。座っていると安心できる。そんなことに気付いたけれど、すぐに立たなくてはならない。一駅で降りてしまう自分の環境を呪いたい。
「それでは、また」
「またね」
相原さんは小さく手を振ってくれた。