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隣に座る  作者: 近藤近道
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第二話

 登校途中の電車で今日の授業のことを考える。どうやり過ごそうか。宿題の存在を忘れてはいまいか。それと相原さんのこと。あの人に彼氏はいるのだろうか。お昼を一人で食べていたのだから、と考えるのは都合がよすぎるか。電車が止まってドアの近くに立っていた僕は一番に降りる。できればまた彼女の隣に座りたいのだけど、一人用のゲームと違って思い通りにはいかないものだ。

 学校の傍にあるコンビニに寄る。今日は何を食べよう。真っ先に見るのはおにぎり。やはり梅。いつも梅を選んでしまう。でもそれだと面白くないな、と思って伸ばした手を途中で止める。いっそ今日はおにぎりから離れてみよう。それでサンドイッチに決めて、卵のやつを買う。飲み物もいつもは緑茶を買うところを烏龍茶にしてみた。値段がいつもと違った。

 人の少ない学校。そして教室。早い時間に来て静かなうちに教室の空気と同化してしまう。そして徐々に会話が増えていく教室。サンドイッチを選んでみようという気まぐれを待って僕は座っている。

 昼休みになってすぐに僕は定位置から離れて外へ出た。真っ直ぐ昨日のベンチに向かう。途中のベンチには席を取る役目の人が鞄と一緒に座っていた。僕も授業が終わってすぐに外に出たのに、そうやってスペースを確保している人がいて驚く。きっと走ったのだろう。相原さんも同じようにしているのかもしれない。既に例の場所に座っているのを見つけた。そうしたら足が止まった。不安の壁。そのまま立ち止まるわけにもいかず、僕は踵を返した。あそこは僕の居場所というわけではない。昼食の最中、よく知らない人が隣にいるというのはストレスが溜まるものではないのか。彼女の昼休みを侵害したら嫌われてしまいそうで近寄れなかった。

「会いたかったよお」

 すぐ近くで例のカップルが合流して抱き合う。彼女たちだって最初は他人だったはずなのに、どうしてあんなことができるまでになったのだろう。相原さんとそういう関係になれたら、とは思うけど、それ以上にせめて友達になりたいという思いがある。しかしそんな望みですら実現は遠そうだ。もう梅雨も明けて、僕たちの新年度は固まりつつある。人間関係に作用する急性毒が欲しい、と思った。そんなもので作る絆に価値なんて無いと知りつつも、僕は飢えていた。

 教室に戻るとぽつんと孤立している机が僕を待っていた。ここが僕の場所だ。僕はなかなか選ばれない。友達がいないわけではないけれど、彼らには決まってもっと仲のいい友達がいる。新学期早々誰かに「一緒に食べよう」と昨日のように声をかけられていたら、こんな悩みとも無縁だったのだろうか。でも今更言う勇気は無くて、だから相原さんに期待をしてしまう。今日の昼食を鞄から取り出す。いつもと違う物を選んでみよう、と浮かれていたことを思い出して、失敗したなあ、と心の中で呟いた。

 午後の授業が終わって、僕は一秒でも早く家に帰りたい人たちの群れに混ざる。この中にも会話が点在している。霧のような印象の集団が、声のする所だけはっきりと人間の形を持っていた。その他大勢となって僕は駅に向かう。

 電車の中で立っているのはあまり苦ではない。何十分も乗っているわけではないし、立っていれば知らない人がすぐ隣に来ることはほとんど無い。

 家に帰って自分の部屋に入ると挙動が軽くなる。ぽん、と鞄を床に投げた。外にいる時は自分の周囲一メートル内に人が入ってくることさえあるのに、ここでは壁が視線さえ遮ってくれる。生活の中で一番広い領土。外でこのような安心感を得るには友達と一緒にいるしかない。皆、気楽にいられる相手を選んでいる。そんなことを考えていたら、相原さんのことが気になった。自分は惚れっぽい人間だったのだろうか。まだ一度しか話していない人のことを好きになっている。それでも、人の座れるスペースはいくらかあって、その中で相原さんの隣を選んだのだから、そっちに感情が傾いてもおかしいことではないのかもしれない。


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