第十話
昼になるにつれて強くなる日差しは気分の高揚にも似ている。小さい頃からゲームばかりしていた僕は十七歳になってようやく太陽と気が合うようになった。雨の降りそうにない空を見ると、にやりとしてしまう。足早にあのベンチに向かう。
相原さんがいなかった。来るのが早かった、ということはないと思うが。
いない間に誰かに取られたりしたら嫌だよな。これはスペースを確保するための行為だから大丈夫。
念のため言い訳を考えてから座る。変な気分だ。いつもは許可を得てから座るのに。話し相手のいないベンチに背を預ける。視線は注目する対象を求めて、最終的に空を見ることにした。空は青い。とても大きなキャンバスに綺麗に色を塗ったような感じに見えていたのが、じっと見ているうちに印象が変化していく。深い。底の無い沼のよう。それを眺めているだけで、僕がどんなに賢くなったところで世界のことなんて見えはしないのだと思ってしまうくらいに。世界だけじゃない。近くにいる人のことさえも。
「隣、座ってもいいかな?」
声をかけられるまで、相原さんが来ていたことに気が付かなかった。顔を正面に戻して、言う。
「どうぞ。ここはあなたの場所ですから」
相原さんは僕の隣に腰掛ける。いつも通りの光景になって、ここに昼食を食べに来たのだということを思い出した。僕はコンビニの袋から梅のおにぎりを出す。彼女はお弁当を。
「そういえば、あれ買いましたよ」
いつだかの放課後に話したゲーム。
「今度、通信しましょう」
「そうだね。夏休みとかにやろっか」
約束する。
夏休み。もうそろそろだ。しばらく学校でこうして会うこともできなくなるわけだ。
「あ、そうだ。携帯のアドレス交換しませんか?」
「いいよ」
アドレスと番号。携帯の容量は、少しだけ相原さんのためのスペースになる。
それから昼食を食べ終えても話していると、チャイムが鳴った。もうすぐ昼休みが終わるという合図だ。僕たちはそれぞれの教室に戻り、自分の席に座らなくてはならない。
「そろそろ戻らないとね」
相原さんはそう言った途端、欠伸をして「眠い」と漏らした。
「サボって寝ますか?お供しますよ」
たまにはそういうのもありなんだろうか、なんて考えてしまう。しかし相原さんは首を振った。
「流石にそれはちょっと抵抗があるかな」
「ですよね」
思い切ったことはなかなかできないものだ。相原さんと初めて話した時のような状況がまた訪れたとして、誰かに話しかけようという気が起こるかどうか。相原さんも部活に入ろうという積極性を見せないまま日々を過ごしている。昨日と今日で大きく変化することなんてほとんど無いような気がする。
「それじゃ、またね」
「はい、また」
それでも少しずつ変化していく。明日の僕たちはどうなっているだろう。来年にはどんな距離でいるだろう。
僕たちは手を振って、四月から続いている光景に戻っていった。