【第8話】
「起きてよ。ねぇ」
寺澤は夜中に身体を揺すられて目を覚ました。頭の中はまだまどろみの中だ。
「なんだよ。夜中だぞ」
時計を見なくても、夜気の静けさから今が真夜中と言う事は、寺澤には判った。
「ねぇ、お話しようよ」
成美は寺澤の身体を再び揺すった。
寺澤はここ二日ほど展示会の準備で忙しかった為、疲れていた。
「なんだよ、幽霊みたいにいきなり出たり消えたり」
寺澤は、まだ半分寝ぼけている。
「だって、幽霊だもん」
「ウソつけ。昼間見たぞ。シカトぶっこきやがって。って、なに人の布団に入ってんだよ」
寺澤は布団を跳ね上げて起き上がった。
成美は寺澤の布団に入り込んで彼の身体を揺すっていたのだ。
「それは、たぶんあたしじゃないよ」
成美はベッドに横たわったまま言った。
「いや、絶対お前だった」
寺澤はベッドから降りて彼女を見下ろして言った。
「それ、あたしだけど、あたしじゃないんだよ」
「なんだ、それ?」
* * * * * *
肌の感触、体温、息遣い。全てがあまりにも自然で、それを否定するには十分すぎた。
だったら彼女が飲み食いしたものは何処へ行ってしまうのだ。
媒体・・・そうか、彼女が媒体となって本人の呼吸や体温を外に伝えるのだ。
逆に考えれば彼女が飲み食いしたものは、夜中に寝ているであろう本人の身体に入るのだ。
いやいや、そんなバカな・・・・
そんな訳があるか・・・・
霊媒や霊能者などみなインチキだと思っていた。
今まで心霊現象などと言うものには縁遠い寺澤には、どうしても理解出来なかった。
「なぁ、雪絵」
昼休みの会社で、寺澤は森口雪絵に声をかけた。
「なに?」
「今夜飯でもどう?」
「あら、珍しい」
雪絵は笑って
「帰りまで考えておく」
と言った。
小柄で少し幼児体型の雪絵は他の部署の連中にも人気が在る。
何処かのショップ店長と付き合っていたらしいが、最近別れたらしいと言う噂は聞いていた。
それが、本当なら、晩飯くらい付き合ってくれるだろう。
下心が無い誘いだから、かえって自信がある。
久しぶりに定時とはいかないまでも、今日は6時半には退社出来た。
重宝がられる雪絵は少し雑用が残っていた為、仕方なく寺澤が手伝った。
「なんか、悪いね。ご飯おごって貰うのに、仕事まで手伝ってもらって」
雪絵は何故か寺澤に遠慮が無い。
食事の後、二人は居酒屋に入った。
「実は、雪絵に相談があるんだ」
注文した飲み物が運ばれて来て、雑談も一段落した時、寺澤は雪絵に向かって言った。
「なによ、妙に改まっちゃって」
雪絵は、少しだけ胸の奥がドキドキするのを感じた。
居酒屋の高い天上から吊るされた照明が、薄暗い店内で二人を照らしていた。
「おまえ、霊感強いって言ってなかったっけ?」
「はぁ?・・・・」
一瞬意味が判らず、雪絵は笑顔のまま固まっていた。
「ほら、社員旅行の時の旅館で、何か感じるって、唸ってたじゃないか」
「唸って無いわよ、失礼な」
いきなりの意表をついた話題に、雪絵はすっかり拍子抜けして、素敵な笑顔は消え去っていた。
「で、それがどうかしたの」
雪絵はりんごサワーを飲みながら、どうでもいい様に言った。
「実はな、俺の部屋に出るんだよ」
雪絵は、持っていたグラスを思わず落としそうになって、口に含んでいたサワーは外へ飛び出しそうになる。
それを、慌てて喉の奥へ大きく飲み込んだ。
「出るって?」
「女子高生が・・・」
「あははははは・・・・・・」
雪絵は思い切り笑って「寺澤君、援交でも相手してんの?」
彼女は、おかしな冗談だと思って笑い飛ばすしかなかった。




