【第6話】
他社の展示会を見学に行った寺澤は、この日は直帰の為、何時もより早い時間に池袋駅にいた。
ついでなので、市場調査も兼ねて駅ビルのアパレルショップを一回りした後、地下の構内を歩いていた時、思わず目を凝らした。
「あれは・・・・」
地下通路の交差した場所で、右方向から歩いて来た女子高生二人。
池袋構内で女子高生など珍しくも無い。見渡せば山ほどうろついている。しかし、その女子高生二人のうちの一人は、あの安二崎成美だった。
「よっ、学校はちゃんと行ってるみたいだな」
寺澤は、近づいて成美の肩を軽く叩いて声をかけた。
「誰?」
隣にいた佳代が成美に訊く。
「知らないよ」
成美はただ驚いた顔を寺澤に向けている。
「ナンパ?」
佳代が言った。
「いや、俺、寺澤だよ」
寺澤は、成美が冗談を言っていると思った。
「知りません。行こ、佳代」
二人はそのまま歩き出した。
「ちょ、ちょと。なんだよ」
寺澤は追いかけるように成美の肩に触れた。
「ちょっと、触らないでください」
成美は寺澤の手を強く払い除けた。
「大声だしますよ」
隣の佳代が睨んだ。
その声で、周囲の目は既に寺澤を見ていた。
「行こ」
二人の少女が足早に構内の人込みに消えて行くのを、寺澤は、ただ呆然と眺めていた。
* * * * *
まどろみのような意識の中で真空をさ迷うような浮遊感覚に身を委ね、身体の中が溶け出して液状化していく。
全ての感覚神経が精神と融合し、そこに大脳と言う思考装置は働かない。
ただα波とβ波を出す快楽装置に過ぎないのだ。
そんな錯覚から目覚めた時、男の言葉は彼女が持つ全てのプライオリティーを破壊させる。
「俺さぁ、今度、大山高校の娘と付き合う事にしたんだ」
博明は自分だけさっさとトランクスを履いて、ベッドの隅に腰掛けると、マルボロライトに火を着けながら言った。
「はぁ? 何それ・・・・あたし、聞いてないし」
成美はベッドの上で身体を起こした。
彼の吐き出したタバコの煙が、中を舞って丸い蛍光灯の輪に纏わりついた。
「って言うか、今日決めた」
「じゃぁ、何で今、エッチしたわけ?」
「いや、最後に一回ヤッテおこうって、そんなカンジ。でも、成美がよければこのまま続けるっていう手もあるし」
一重の涼しげな目線と、それでいて子供のようにキラキラした瞳。
博明の眼差しにはまったく悪びれた影も無く、その言葉がどれだけ相手を傷つけるかも考えてはいない。
成美は、博明の部屋のベッド脇に在った目覚まし時計を、思い切り彼の頭目掛けて投げつけた。
「ふざけんな、バカ!」
「いってぇ」
頭を庇った右腕に目覚まし時計が命中し、蓋が外れて電池が飛び出し、カーペットの上にバラバラに転がった。
成美は、博明が脱がせて散らかした自分の衣服を拾い集めて部屋を飛び出した。
部屋を出る直前に、ドアの横に博明が大切だと言って飾っていたマラドーナのポスターを、彼女は思い切り引き裂いた。
オーバーヘッドキックをしているマラドーナの体が真っ二つに割れた。
「てめぇ、何すんだよ。ざけんな」
「バカ、最低、死ね!」
成美は裸のまま階段を駆け下りて、玄関で衣服を適当に身に着けると、ブラウスのボタンを半分しか嵌めないまま外に飛び出した。
部屋から、何かを叫ぶ博明の声が聞こえたが、もう何を言っているのか彼女の耳には入らなかった。




