【第4話】
寺澤豊は25歳。アパレルメーカーに勤務している。
営業を2年経験して、今年、念願の企画部に配属になった。
アパレルメーカーと言っても、デザイナーズブランドを扱うわけでもなく、通常のカジュアルショップや、レディースショップに並ぶ、ごく大衆向けのメーカーだ。
自社のタグはあるが、誰も意識して見てはいないだろう。
去年、先輩の企画を手伝った際、色合わせの配色を寺澤が思案して、なかなかの人気商品になったのだ。
それを知った、企画部長が営業から引き抜いてくれたと言うわけだ。
寺澤自身、デザインや企画がどうしてもやりたい訳ではない。ただ、重いサンプルバッグを持って、蟻のように都内中をぐるぐると歩き回る営業に比べたら、企画室は花形なのだ。
「寺澤くん。キャミのサンプル写真取りするって」
森口雪絵が廊下で声を掛けて来た。
彼女は寺澤よりも一つ年下だが、企画部に入ったのは、彼よりも一年早い為、寺澤は「くん」付けで呼ばれる。
小柄だがテキパキと歯切れ良く仕事をこなし、何よりも丸顔で童顔な笑顔が可愛らしい。と、取引先でも評判だった。
寺澤がサンプルを持ってオフィスへ来ると、幾つかのダンボールに今回の撮影用の衣類が入っていた。
「へぇ、モデルって、本当に28インチとかなんだ」
箱の一つに入っていたボトムを手で広げる。
いきなり右手を誰かに叩かれた。
「いてっ」
「ちょっと、やらしい目で見ないでね」
雪絵が笑いながら冗談混じりで言った。
東京都内と言っても、練馬区の外れまで来ると、畑もあれば雑木林もある。
夜更けの住宅街は閑散とし、殆ど車も人も通らない。
不動産屋はこれを、閑静な住宅街と言う。
駅からの帰り道、竹林の暗闇でうごめく影に一瞬身体を硬直させる。
月影の暗黒と静けさの中で、生きた何かが動いている。
人もまた、視覚で確認できないモノを気配で感じ取る事ができる。それが、かえって恐怖を与える事もあるのだ。
しかし、ガサゴソと出てきた物体が「にゃあ」と鳴いて、思わずホッとする。
会社から帰宅した寺澤は、シャワーを浴びていた。
彼のアパートはごく一般的な1Kの間取りで、玄関を入ると三畳ほどのキッチンが在り、冷蔵庫や洗濯機が並んでいる。
黒色で統一してはいるが、必要最小限の電化製品しか無い。
左にトイレ、右手側に浴室が在り、寺澤はバスとトイレが別になっている間取りが気入っていた。
トイレと浴室の間に1メートルほどの短い廊下があり、ドアで仕切られた先が七・五畳の洋間が一つ、そこには生活の全てが収まっていて、36インチの液晶ワイドテレビがやけに大きく見える。
バスタオルで身体を拭きながら部屋の仕切りドアを開けた寺澤は、あまりの驚きに呼吸が止まる思いだった。
「きゃっ」
「うわっ」
この前の少女、安ニ崎成美がいたのだ。
彼女はベッドに腰掛けたまま、両手で顔を覆っていた。
寺澤はトランクス一枚の姿だったのだ。
「何でいるんだよ」
彼は、あわてて部屋着を手に、キッチンへ戻った。
部屋着のスウェットを着ながら
「何処から入ったんだ?」
「さぁ」
成美は少しふざけた調子で言った。
玄関のカギは帰宅時に閉めたはずだし、一階の部屋だと言っても、バルコニーを乗り越えて入ったとも考え難い。
「今日は何の用だい?」
寺澤は、自分はビール、成美には冷たいお茶のミニペットを渡した。
部屋に入ってしまったものは仕方が無い。別に自分を殺しに来たわけじゃないだろう。
「別に用ってわけじゃ無いわ」
「また家出とか?」
寺澤はそう言って缶ビールをゴクゴクと飲んだ。
「家出じゃないよ」
「でも、もう12時だぜ。それに、制服。家に帰ってないのか?」
「帰ったわよ。鞄持ってないじゃない」
成美もそう言って、お茶を飲んだ。
その時、一瞬彼女の身体が透き通ったように寺澤には見えて、ギョッとした。
「あははははっ」
成美は寺澤の部屋でテレビを観て笑っていた。
そのあまりにも無邪気な笑顔に、寺澤も文句が言い難い。
「あのなぁ、用がないんなら帰ってくれない?」
「どうして?あなたもどうせ暇でしょ」
「俺は明日も仕事なの。学校と違って居眠りしてるわけには行かないんだぜ」
寺澤は、ビールをとっくに飲み終えて、冷蔵庫から烏龍茶を取り出していた。
ふと、玄関に成美の靴が無い事に気付く。
「おい、キミ、靴は?」
と、部屋を覗いたとき、彼女の姿は既に無かった。




