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バニラ  作者: 徳次郎
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【第31話】

 夜になると、一度、仕事に戻った母親が再び病室に現れた。

 父と一緒だった。

「おお、意識が戻ったんだってな」

 父親は成美に向かって言った。

「デンに、ご飯あげて来たからね」

 母親が笑顔で言った。

「お父さん、仕事は?」

「馬鹿だなぁ、娘が事故に遭ったんだ。何時も通りに仕事なんかしてられるか」

「お父さん、出張先の大阪から急いで帰って来たのよ」

 父親の後ろから、母が言った。

「何時も、仕事で家にいないんだから、無理しなくても平気なのに」

 成美は、天上を見上げたまま応えた。

「こんな時でもないと、会社に言い訳できないしな・・・」

 父は笑っていた。

「じゃぁ、世田谷のマンションは何?」

 成美は父の顔を見上げた。

「世田谷のマンションって・・・・美香のマンションの事か?」

「あたし、知ってるんだよ。お父さんが若い女と世田谷のマンションに出入りしてる事」

 ついに言ってしまった・・・・成美はそう思った。

「成美、あんた、美香さんはお父さんの妹さんよ」

 母親が少し笑って言った。

「うそ・・・・・」

 成美は思わず絶句した。

「成美が美香さんに会ったのは、もう随分昔だものね・・・・」

 母が呟いた。

「母親が違うからな・・・・」

 父は苦笑いを浮かべた。



 浮気だと思っていた女性は、父の父、つまり祖父が若い時に、浮気をして出来た子供らしい。

 父とはかなり年齢が離れているが、認知した為、正式に兄妹だった。

「向こうのお母さんの具合がよくなくてな・・・」

「じゃぁ、あたしが見たのは・・・」

 父は、妹の助けになろうと、忙しい仕事の合間を縫って、彼女のマンションに出入りしていたのだ。

 父親は、本社の重要なポストに着いた為、頻繁に出張があり、しかも、妹の母親の面倒も見ていた。

 母親も、自分の店を見ながら父の手助けをする為、美香のマンションへ行くらしい。

 美香の母親は、数年前に脳卒中を起こして、体が不自由になり、認知性も現れているそうだ。

 全ては、思い過ごし・・・・父と母は、本当に忙しい毎日を送っていたのだ。

「あたしだって、寂しいんだよ・・・・・」

 成美はやりきれない気持ちが込み上げて、天上を見上げたまま、涙を流した。

 目尻から零れた涙が、耳の後を伝って枕に滴り落ちた。

「悪かったな・・・心配かけて・・・・」

 父親の大きな手が、成美の頭を撫でた。

 何年振りかの父の手・・・ 最後に頭を撫でられたのは何時なのか、彼女は覚えていない。

「ごめんね・・・あたしも、もう少し、家にいられるようにするわね」

 母親が、怪我の治療の為に短く切られた、成美の髪の毛を撫でた。

 今まで溜め込んでいたものが一気に溢れ出るかのように、成美の目から涙が流れ続けた。

 父がお見舞いに買ってきた、ケーキを三人で食べた。

 家族三人で一緒に何かを食べる事が、いったい何時ぶりなのか、成美は一瞬考えたが、もうそんな事はどうでも良かった。


次回最終回です。

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