【第26話】
紺色のアウディは既に走り出して、それでも寺澤の視界、車数台先に確認できた。
紺色は街の暗がりに溶け込み易い為、寺澤はしばしば目を凝らして追走する標的を見つめた。
ヘルメットを被る暇も無く飛び出した為、風圧が直に顔に当たる。
山手通りから新目白通りへ出ると若干道路が空いていた為、アウディはスピードを上げた。
寺澤もバイクのスロットルを開ける。
久しぶりに乗る400CCのバイクは少々重く感じて、車の間を抜けるタイミングが掴み難かった。
彼が自動二輪を転がしていたのは20歳前の事だから仕方が無い。
前方のタクシーを追い越して、アウディの真後ろに着いたが、リヤガラスはスモークの為、車の中の様子は判らなかった。
信号で止まった為、運転席の在る右側に回り込んで窓を強く叩いた。
少し痩せた男がTシャツ姿で運転している。
追いかけて来た寺澤に気付いた男は、慌てて車を急発進させた。
「おい!」
寺澤はそう叫んで、再びバイクをスタートさせた。
アウディは環七通りへ右折して遅い車を追い越してスピードを上げる。
寺澤のバイクは、オーバーパスの車線に合流する際、強引にトラックの前に割り込んでパッシングを浴びるが、そんな事に構ってはいられない。
バイクの扱いも感を取り戻してきた寺澤は、右、左とバンクを振って車を追い越し、アウディに再び追いついた。
左側に並ぶと、ぐったりとシートにもたれる雪絵の姿が見えた。その姿を確認しただけで寺澤はとりあえず安堵した。
前方の信号は再び赤だった。交差した路地からの車は確かに空いていた。
アウディは信号を無視して直進した。
「チッ」
ブレーキに手を掛けていた寺澤も再びアクセルを開けて直進する。
自分はノーヘルだ・・・車と当たったらおそらく死ぬだろう。
寺澤の頭に恐怖が過ぎる。
左右の路地に注意を払い、それでもアクセルを開けて、赤信号を直進した。
突然サイレンの音が夜気に響きわたる。
寺澤はバイクの加速するノイズの中でも、それをはっきりと聞き取った。勿論、追いかけられているのは信号を無視したアウディと寺澤のバイクだ。彼はヘルメットも被っていない。
バックミラーを見ると、遠くで赤色灯の光が映っていた。
寺澤はパトカーに追いついて欲しかった。
これで、雪絵を無事助けられる。
しかし、アウディを逃がさない為に寺澤もバイクのスロットルを閉じる訳にはいかない。
一般車に配慮して、パトカーはなかなか追いつけないでいた。
R254、川越街道にアウディは左折する。
寺澤もそれに続きながら、ミラーを確認する。
「早く追いつけ」
後で光る赤色灯は、まだ50メートル以上は離れていた。
上板橋の交差点の信号は再び赤だった。何度目の信号無視か・・・・・
左の交差する路地からトラックが出てきていた。
「無理だ!」
寺澤はブレーキを握りながら叫んだ。
アウディはブレーキランプを点灯したまま右にハンドルを切ったが、とてもトラックをかわせるタイミングではなかった。
激しいスキール音が狂おしい叫び声のように路面に響きわたる。
トラックも慌てて急ブレーキを踏む。が、ちょうど車線を全て塞ぐ形で止まってしまった。
ドカッと、鉄とガラスとプラスチックが同時に炸裂するような激しい音と共に、アウディのボンネットから白い煙が一瞬上がった。
寺澤のバイクは、フロントホークが命一杯沈み込んで、フロントタイヤが悲鳴を上げていた。
大型トラックのコンテナが目前に迫る景色に目を凝らして、ただフロントもリヤもブレーキの制動力を最大限に引き出す事だけを考えた。
トラックまで、あと数十センチ。寺澤はギリギリで止まる事が出来た。
バイクを跳び降りて、潰れたアウディに向かって走った。
「止まれ!!」
後で止まったパトカーから降りてきた警官が叫んでいた。




