表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バニラ  作者: 徳次郎
3/36

【第3話】

 日が暮れた頃、成美は帰宅して自分の部屋に入ると、よほどの事が無い限り、殆ど外には出ない。

 パソコンを立ち上げて、毎日のように自分の共感できる世界へと、彼女は感覚を共鳴させる。

 向性神薬系マニアが集うサイトだ。

 母親が作った夕飯を温め直して食事をする。

 日中、一度帰ってくる母が、前もって夕食の仕度をしていくのだ。

 店屋物の時もあるが、もう慣れ切った彼女にはどうでもいいことだった。

 彼女は、不安と寂しさを打ち消すようにネットに嵌るうちに、薬系サイトに辿り着いた。

 様々な向精神薬の薬効や、それを服用する様々な悩みと苦痛を抱えた人々に、成美は異常に興味を示した。

 夜の11時過ぎ、成美はクローゼットから剃刀を取り出すと、インターネット掲示板に接続したまま、自分の白い足首にそれを当てた。

 鉛色の刃が、蛍光灯の光に照らされて不気味に光り、それを眺めているだけで頭の奥から悪魔の囁きが聞こえてくる。

 薄い皮と脂肪を突き抜けて、肉に入り込んだ辺りで、ゆっくりと刃を縦一文字に引く。

 薄い剃刀の刃で切った肉は、すぐには血を流さない。

 少しの時間差と共に傷口から赤い液体が滲んでくる。

 傷口を指で摘むと、赤い水玉が膨れ上がり、やがて一定の大きさを越えると弾けるように足を伝って流れ落ち、同時に生臭い鉄の臭いがする。

 成美は、植木鉢の受け皿に溜まった自分の血液をトイレに流す。


   『今、私はリストカットをしています。気持ちイイです』


 成美は掲示板に書き込みを入れた。

 それに対する外の人達の反応など彼女には興味がなかった。

 ただ遠くにいる知らない誰かに、この状況を伝えたいだけで、それに関する感想や慰めは求めていない。

 ましてや中傷など眼中には無い。

 どこかの誰かに、自分の孤独や迷いを知って欲しい。ただそれだけなのだ。

 そして、エバミールの0,25g錠を四つ、午後の紅茶で喉に流し込んだ。

 薬はネットで購入したものだった。

 通院して処方されたものでは無いので、ネットの情報を元に、自分で適当に選択して飲むのだ。

 彼女はそれを、オリジナル処方と呼んでいる。

 精神安定剤を飲めば、足を切らなくなると思った。

 しかし、薬を飲むという衝動が癖になっただけで、自傷行為は止まらなかった。

 買い置きのガーゼを取り出して傷口に当てて包帯を巻くと、途端に気持ちが楽になる。

 以前、傷を付けずに包帯だけ巻いてみた事があるが、それは何の効果も無かった。

 彼女自身にも、どうして自分の身体を切りたくなるのか判らなかった。ただ、切った跡に血が滲み滴る感覚が止められない。

 傷をつけ、そこから滴る血液を見た時、彼女は自分が生きていると実感するのだ。

 乾いた心を自分の血で潤すかのように・・・

 そして、心の奥に潜む濁った鬱な精神を血液ごと体から排除するのだ。

 それでも、目立つ手首を切らずに、足首を切るのは彼女に自尊心が残っている証拠だろう。

 傷口はそんなに深くは無い為、しばらくすると完全に塞がるが、かすかな傷跡は残る。

 普段はソックスで隠れているが、成美の両足首には、そう言った傷が無数に付いていて、必ずどちらかの足首には包帯が巻かれている。

 それはまるで、自分の危うい心に自分で着ける足枷のようなものだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ