【第3話】
日が暮れた頃、成美は帰宅して自分の部屋に入ると、よほどの事が無い限り、殆ど外には出ない。
パソコンを立ち上げて、毎日のように自分の共感できる世界へと、彼女は感覚を共鳴させる。
向性神薬系マニアが集うサイトだ。
母親が作った夕飯を温め直して食事をする。
日中、一度帰ってくる母が、前もって夕食の仕度をしていくのだ。
店屋物の時もあるが、もう慣れ切った彼女にはどうでもいいことだった。
彼女は、不安と寂しさを打ち消すようにネットに嵌るうちに、薬系サイトに辿り着いた。
様々な向精神薬の薬効や、それを服用する様々な悩みと苦痛を抱えた人々に、成美は異常に興味を示した。
夜の11時過ぎ、成美はクローゼットから剃刀を取り出すと、インターネット掲示板に接続したまま、自分の白い足首にそれを当てた。
鉛色の刃が、蛍光灯の光に照らされて不気味に光り、それを眺めているだけで頭の奥から悪魔の囁きが聞こえてくる。
薄い皮と脂肪を突き抜けて、肉に入り込んだ辺りで、ゆっくりと刃を縦一文字に引く。
薄い剃刀の刃で切った肉は、すぐには血を流さない。
少しの時間差と共に傷口から赤い液体が滲んでくる。
傷口を指で摘むと、赤い水玉が膨れ上がり、やがて一定の大きさを越えると弾けるように足を伝って流れ落ち、同時に生臭い鉄の臭いがする。
成美は、植木鉢の受け皿に溜まった自分の血液をトイレに流す。
『今、私はリストカットをしています。気持ちイイです』
成美は掲示板に書き込みを入れた。
それに対する外の人達の反応など彼女には興味がなかった。
ただ遠くにいる知らない誰かに、この状況を伝えたいだけで、それに関する感想や慰めは求めていない。
ましてや中傷など眼中には無い。
どこかの誰かに、自分の孤独や迷いを知って欲しい。ただそれだけなのだ。
そして、エバミールの0,25g錠を四つ、午後の紅茶で喉に流し込んだ。
薬はネットで購入したものだった。
通院して処方されたものでは無いので、ネットの情報を元に、自分で適当に選択して飲むのだ。
彼女はそれを、オリジナル処方と呼んでいる。
精神安定剤を飲めば、足を切らなくなると思った。
しかし、薬を飲むという衝動が癖になっただけで、自傷行為は止まらなかった。
買い置きのガーゼを取り出して傷口に当てて包帯を巻くと、途端に気持ちが楽になる。
以前、傷を付けずに包帯だけ巻いてみた事があるが、それは何の効果も無かった。
彼女自身にも、どうして自分の身体を切りたくなるのか判らなかった。ただ、切った跡に血が滲み滴る感覚が止められない。
傷をつけ、そこから滴る血液を見た時、彼女は自分が生きていると実感するのだ。
乾いた心を自分の血で潤すかのように・・・
そして、心の奥に潜む濁った鬱な精神を血液ごと体から排除するのだ。
それでも、目立つ手首を切らずに、足首を切るのは彼女に自尊心が残っている証拠だろう。
傷口はそんなに深くは無い為、しばらくすると完全に塞がるが、かすかな傷跡は残る。
普段はソックスで隠れているが、成美の両足首には、そう言った傷が無数に付いていて、必ずどちらかの足首には包帯が巻かれている。
それはまるで、自分の危うい心に自分で着ける足枷のようなものだ。




