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バニラ  作者: 徳次郎
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【第24話】

 夕日に照らされた高層ビルのミラーガラスが真っ赤に輝いている。

 寺澤は、工場から上がって来たサンプルの整理がようやく一段落してロビーに在る自販機で缶コーヒーを買った。

「寺澤君」

 雪絵が声を掛けて来た。

「成美ちゃんはあの後どう?」

「うん。来ない所を見ると、犬に満足したんじゃないか」

「だといいけどね」

 雪絵がそう言いながら寺澤の肩をポンッと叩いた。

 寺澤はコーヒーを飲み干すと

「さて、あと一息だ」

 と、倉庫に入って行った。



 東京の夜空は星が見えない。街の灯が強すぎて空に乱反射する為、夜空が明るいのだ。

 それでも、地球照で輝く今夜の三日月はくっきりと見えていた。

 仔犬の件以来、寺澤の部屋に成美の姿は現れなかった。

 いれば、いたで少々騒がしいが、全く来ないとなるとちょっぴり寂しかったりする。

「人間て、勝手だな・・・」

 寺澤は一人の部屋で、フッと笑ってビールを口にした。

 どうして自分の元に彼女が来たのか、もうあまり考えていなかった。

 偶然車で轢きかけたのが原因だろうと思っていたのだ。

 だから、もしも、違う誰かがあの時あそこを通っていたら、きっとその誰かがこんな目にあっていたのだろう。

 そう考えると、何故だか、妙に可笑しくて、笑いが込み上げた。

 突然玄関の呼び鈴が鳴った。

「誰だ、こんな時間に」

 成美が呼び鈴を鳴らすはずも無い。

 寺澤は玄関のドアまで行って、覗き窓から外を見た。

「どうしたんだ、こんな遅くに」

 大学時代のの友人、久美だった。

 今は友人だが、以前は恋人だった女性。

「大泉の母んとこで占ってもらってたら、終電逃しちゃって」

 彼女は、寺澤が了承する前に、ミュールを脱ぎ捨てるようにして玄関を上がると、彼の横を擦り抜けて、部屋のソファに身体を投げ下ろした。

「あー、疲れた」

「おいおい、勝手に上がるなよ」

「今日、泊めて」

「はぁ?お前、IT企業のおっさんの彼氏がいるんだろ」

「あぁ、もう別れた。だって、あいつパンストフェチで気持ち悪いんだもん」

 彼女はそう言いながら立ち上がると、部屋に入った寺澤と入れ替わるように台所へ行き、服を脱ぎ始めた。

「おいおい、なに脱いでんの」

「だって、お風呂」

 彼女は気だるそうにそう言って、部屋の仕切りドアを閉めた。

 寺澤は大きく溜息をついて肩をすくめると、タバコに火を着けた。


 久美は大学時代のバイトが嵩じて、今もキャンペンガールやコンパニオンをしている。

 程よく張り出た胸に、縊れた腰と細くて長い足が彼女の自慢だ。

 大学時代、何人もの男をその美貌と臍曲がりな性格で振り回し、廻りまわって寺澤の所に来たのが三年の秋。それから一年ほど真面目に付き合って、彼女の方から去って行ったが、どう言う訳か、腐れ縁が続いている。

 他の男達のように必死に追いかけるような素振りを見せなかった寺澤の行動が、逆に久美の気持ちを引き戻したのだ。

 彼女は寺澤に会うまで、自分の美貌に全ての男が平伏すと思っていたのだ。


 こんどは寺澤の携帯電話の着メロが鳴った。

 雪絵からだった。

「もしもし、彼女が来なくなって寂しいんじゃないかと思ってさ」

 雪絵は明るい声で話す。

「はは、そんな訳ないだろ」

「寺澤君、なんか変」

 雪絵がそう言った時

「ねぇ、タオル貸して、ねぇ豊。ねぇタオル!」

 久美がバスルームの扉を開いて大きな声で呼んだ。

「何?いまの」

「あ、ああ、テレビ・・・・かな?」

 寺澤はクローゼットからバスタオルを出して、そそくさと久美に渡した。

「うそ」

 雪絵にはそれがテレビの音で無い事は直ぐに判った。

「あぁ、そう言う事。成美ちゃんが来ないから、いくらでも女の人連れ込めるもんね」

「いや、そんなんじゃ・・・・」

 電話はもう切れていた。

「なんだよ」

 寺澤は肩をすくめた。

「ねぇ、この部屋、バニラの匂いがするわ」

 風呂上りの久美が、身体にバスタオルを巻いて部屋に入っていた。



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