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バニラ  作者: 徳次郎
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天使の香り【3】

 満月は欠け、弓張りの半月に姿を変えていた。

 アンジェリカの病気の進行は早まっていた。

 既に左腕も動かなくなり、ベッドに起き上がる事も出来ない。


「毎日来てくれて、ありがとう」

 アンジェは横たわったまま、ククルに微笑みかけた。

「こんなに夜遅くに出歩いて平気なの?ククルは学校に行ってないの?」

 こんな時でもアンジェは他人の心配をしてしまう。

「ああ、家で勉強してるんだ」

 ククルは小さく微笑んだ。

「そう」

 アンジェは窓の外を眺めて

「あの月は、今度、何時満月になるのかしら」

「今、欠け出しの半月だから、あと二十日くらいかな」

 ククルは静かに応えて

「アンジェは死ぬのが怖くないの?」

「怖いわ・・・でも、悲しむお父さんとお母さんの事を思うと、そっちの方がずっと辛いわ」

「自分以外の人の気持ちが辛いの?」

 アンジェは肯く代わりに、深く瞬きをした。

「もう、満月は見れないかしら」

 アンジェはそう呟いて少しだけ寂しい笑顔を浮かべた。

 彼女の微笑みに、ククルは何も応えられなかった。



 近くのブドウ畑から香る風が、すがすがしく町を通り抜ける、よく晴れた日。

 その日は病室が朝から騒がしかった。

 アンジェが呼吸困難に陥っていた。

 呼吸補助装置を着けていたが、人力ポンプの気休めのような装置だった。

 それでも、この時代には画期的な装置だった。

 レオナルド・なんとかと言う人が発明したらしい。

 病室には、何とか母親が駆けつけたが、父親は仕事を休む訳にはいかなかった。

 例え娘が危篤だとしても・・・・



 ククルは病院の直ぐ側にそびえる高い木の上からアンジェの病室を見ていた。

 彼はもう家には帰れない。

 その覚悟でここへ来ていたのだ。


・・・・・・・・・・・

・・・・・・


「母さん、僕は天使になるよ」

 ククルは真剣な顔で言った。

「お前、まだそんなことを・・・」

 ククルの青い目を見て、母親は言葉を呑み込んだ。

 その視線があまりにも真剣で迷いの無いものだったからだ。

「もう、ここへ戻っては来れないんだよ。それでもいいのかい?」

「どうせ、しばらくすれば、僕はここを出るんでしょ?」

「一人前の死神になったらね。でも、一度天使になったら、二度と私と会う事は出来ないよ」

 母親はククルの、死神の子供にしては澄み切ったマリンブルーの瞳をじっと見つめて

「それでも、行くかい?」

 ククルは小さく肯いて身体の向きをかえると、家のドアを開けた。

 彼は一度も振り返ること無く、母親の視界から消えていった。

「あの子は人間に生まれるべきだったね・・・・」

 母親は小さく呟いた。


・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・


 ククルは天空に向けて両腕を高く上げ、死神としては禁断の呪文を叫んだ。

 死神に生まれし者は、一度だけ天使と悪魔、どちらかの呪文を唱える権利がある。

 しかし、それは、二度と故郷へ帰る事を許されない呪文だ。

 人の生き死にに関わる能力を身に付けると言うことは、それだけの試練を与えられると言うことなのだ。

 晴天の空から落ちた稲妻が、ククルの身体を貫いた。



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