【第14話】
「雪絵」
雪絵が仕事を終えてオフィスビルを出た時、男が声を掛けて来た。
「なに?待ち伏せなんてやめて」
「考え直せよ」
「もう、無理よ」
男は雪絵が以前付き合っていた男だった。
「諦め切れないんだ」
「もう諦めて、付きまとうのはやめて」
雪絵は少しだけ強い口調で言った。
男が雪絵の手首を掴んだ。
「ちょっと、放して」
その時、ビルの階段を寺澤が降りてきた。
「あ、寺澤くん」
雪絵はすかさず彼の名を呼んだ。
男が慌てて雪絵の手を放す。
「ご飯でも食べにいかない?」
「えっ?・・・いいけど」
寺澤は雪絵に腕を引かれて、そのまま歩いて行った。
その後方の暗闇では、憎悪にも似た屈折した愛情に支配された男が、開ききった瞳孔で二人の姿を見つめていた。
次の週末の夜、成美は佳代に付き合って、一緒に横浜に出かけた。
バンドをしているケンジのライブを見る為だった。
元町の外れにある小さな倉庫を改装したライブハウスで、小さな入り口を入ると、通路の壁全体は、 今までここを利用したバンドの写真やチラシやステッカーで隙間無く埋め尽くされている。
床はコンクリートの打ちっぱなしで、会場内は思っていたほど広くは無い。
ステージの前にはボーカルが足を乗せる為に在るような大きなアンプが二つ置いてあり、客席のパイプ椅子が5〜60席並べられているが、スタンディングを入れると100人以上は入るのだとか。
楽屋に行くと他のバンドもいて、狭い室内に長髪、金髪がゴチャゴチャと、ある者はヘアスプレーで髪を逆立て、ある者はギターのチューニングをしていた。
どうやら単独ではなく、合同ライブのようだった。
佳代は友達と言っていたが、どうやらケンジに気があるらしい事が成美にはひと目で判った。
彼女の彼を見る目が、人が違ったように輝かしい。
あんなに輝く彼女の瞳は見たことが無かった。
成美は、何を見た時、自分の瞳はあんなに輝くのだろうと、楽屋の端っこに佇んで考えていた。
ライブが始まって判った事だが、合同だと思っていたバンド連中は、実はただの前座で、後半のほとんどの時間は一つのグループが演奏を行った。
成美達の入った楽屋にいなかった彼らは、別に個室を貰っていたのだろう。
当然のように成美には聞き覚えのない名前のバンドだったが、殆どの客が途端にスタンディングした所を見ると、巷では人気のアマチュアバンドなのだろう。
佳代も立ち上がったので、成美も仕方なく立ち上がって両手を上げてそれを叩いた。




