【第13話】
「彼女、一人?」
胡散臭そうな、スカーレットのスーツを身に纏った茶髪の男が、死角から声を掛けて来た。
「俺、モデルのスカウトやってるんだけど、どう?やってみる気ない」
男は、さわやかを通り越した不気味な笑顔で語っている。
どう見ても新人AV女優発掘といった感じだ。
しかも成美は、その男の鼻にくっ付いたピアスが妙に気になって、まともに話を聞いていられない。
「あ、興味無いですから」
「歳いくつ?高校生?大学生?」
鼻ピアスの男は喋り続けている。
なんだ、こいつ・・・・
名刺を差し出す男を無視して、成美は自分からその場を足早に移動した。
「ちっ」と言う舌打ちが間違いなく聞こえた。
少し歩いてからチラリと振り返ると、既に違う少女を捕まえて話し掛けている男の姿が見えた。
ああいうのについて行くと、また違った世界が覗けるのだろうか・・・
彼女はそんな事を考えながら、新宿PePeの一画に在るボードショップの前のベンチに腰を下ろした。
5分もしないうちに、ブルーのチェックのミニスカートを履いて美鈴がやって来た。
買い物をしてカラオケを三時間、その後久しぶりに一人じゃない夕食の時間を、美鈴と共に過ごした。
「ねぇ、E組の桜井って娘、援交で妊娠したって」
美鈴が言った。
「ほんと?」
「昨日、相談室に入っていくのを梨香が見たって」
相談室に呼ばれるのは、大体が同じ理由だ。
よっぽどの家庭の事情相談でもない限り、何でも無い日に相談室を訪れる娘はみな同じ理由なのだ。
以前から援交の噂があった彼女は、忽ちそんな憶測が広まったのだろう。
「ふーん」
成美は片肘をついて、デザートのパフェをスプーンで口に運んだ。
援交と言う言葉を気軽に使っても、それは分厚い壁に隔てられた自分達とは違う空間で起きている事にしか感じなかった。
美鈴から見れば、リストカット症候群もおそらくは同じ壁の向こうの出来事に感じるだろう。
そう考えると、成美の身体の半分は、既に友達の知らない壁の向こうへ入ってしまっているのだろうか。
成美は少しだけ美鈴や佳代との隔たりを感じた。
家に帰ったのは10時頃だった。
彼女は大きな熊プーのぬいぐるみを抱えて駅の階段を降りた。
すれ違う人波の視線が、抱えたぬいぐるみに注がれるのが鬱陶しい。
帰りにサンシャイン通りのゲームセンターでクレーンゲームをしたら、さっきまであんなにゆるゆるだったクレーンの爪が、いきなり特大熊プーを持ち上げたのだ。
「キャー、成美凄すぎ!」
美鈴は、こんな大きな景品を取ったのを観た事が無いと言って大はしゃぎだった。
しかし、その前まで夢中でやって一つも取れなかったカップルに白い目で睨まれた。
成美はもっと遊んでいたかったが、美鈴の門限が10時だったので、一人でぶらつく気にもなれずに彼女も帰って来た。
石神井駅の階段を降りると、ロータリーの隅で、制服を着た高校生のカップルが濃厚なキスをしているのを見かけ、フッと博明の事が頭を過ぎり、成美は無理やり掻き消した。
石神井公園の脇を通って家の前まで来ると、電気の点いていない真っ暗で誰もいない大きな家よりも、幾つもの水銀灯で照らされた向かい側の公園内の方が、彼女には暖かく見えた。
池の周辺の林からにぎやかなカエルの鳴き声が聞こえる。
夜のロードワークをする、いかにもボクサー風の青年が遊歩道を駆け抜けていく。
成美は公園内のベンチに座って、草むらから聞こえるカエルの合唱を、しばらくの間、60センチはある特大熊プーと一緒に聞いていた。
お風呂から上がった成美は、ベッドに投げ出したままの熊プーのぬいぐるみをベッドの横に座らせて、何となく、ハルシオンとレキソタンを一錠づつ飲んで眠りについた。
彼女は最近夢をみる。
なんとなく落着く、楽しい気持ちになる夢だ。
居心地のイイ空間に誰かと一緒にいる。
しかし夢の内容はまったく覚えてなくて、一緒にいるのが誰なのかも判らない。
朝起きると時々手に持っているペットボトルが気がかりだったが、以前のように、胸が苦しくなる孤独感に苛まれながら起きる朝は少なくなった。
寧ろ、目が覚めた瞬間、心の中に暖かさを感じて、それが何故なのか何時も夢の記憶を辿る。
しかし、行き着く先はただの濃い霧のかかったような擦れた闇でしかない。




