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バニラ  作者: 徳次郎
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【第12話】

「安ニ崎さん」

 放課後、保健の鈴宮が教室に来て成美を呼び止めた。

「私の知っている内科のお医者さんに連絡しておいたから、この病院に行ってみなさい。保険証は後でいいって言ってたから」

 内海内科・産婦人科・・・・そう書かれた名刺を先生は彼女に渡した。

 成美は、その病院へ仕方なく行ってみる事にした。

 何時もに比べて体調の回復が遅いし、耳鳴りも少しだけ残っていた。

 それに、せっかく電話をして頂いた、いつもお世話になっている保健の先生の顔を、少しだけ立てておいてやろうかとも思っていた。

「あたし達も付いていってあげようか?」

 佳代が言った。

「いいよ、子供じゃあるまいし」

 成美は少し煙たがって言ったが、そんな小さなお節介が本当は嬉しかった。

「ちゃんと行きなよ」

 佳代と美鈴はそう言って手を振ると、池袋で成美と別れた。



「鈴宮先生の紹介で来た、安ニ崎ですけど・・・」

 受付で彼女がそう言うと、受付の女性が診療室の先生と連絡を取る。その間、成美は受け付けカウンターの前で待った。

(それにしても、以前通っていた歯科医にしても、病院の受付の女性は、どうして綺麗な人が多いのだろう・・・やっぱり客ウケを考えるのだろうか・・・・)などと、待っている間に成美は変な事を考えていた。

 待合室をそっと見渡す。当り前の事だが、椅子に腰掛けている診察待ちの人たちはみな元気がない。

 しかし、内科の待合室には風邪などのウイルス性の患者もいる為、同じ空間にいるだけで、自分も何かに感染してしまいそうな、そんな不安に成美は引き込まれる。

 少しすると、受付の女性が戻ってきて、

「掛けてお待ちください」と優しい笑みを浮かべて言った。

 しばらく待った後、診察となった。

 検査の為の採血をした後、点滴を受けて小一時間ほど診療室の陰にある小さなベッドで横になっていた。

 穂のかなクレゾールの匂いに満たされた空間で、彼女はウトウトと眠った。

 微かに聞こえる看護婦達の歩き回る足音と指示、確認の話し声が、一人じゃないという安堵感を彼女に齎した。


 成美が夜眠る時、何時も孤独に苛まれる。

 肉体的にでは無く、精神的に孤独なのだ。

 自宅で眠りに着く頃、家の中には彼女以外には誰もいない。

 成美は何時も、廊下と階段の電気を点けっぱなしで眠る。

 誰もいない大きな家に巣食う、真っ黒な魔物から自分を守る為だ。

 魔物は成美をその暗闇に飲み込もうとチャンスを伺っている。

 もし自分がこのまま目を覚まさなくても、4、5日は誰も気付かないかもしれない。

 きっと学校から無断欠席の連絡が母の携帯に入り、初めて部屋を覗き、そこで腐りかけた自分の遺体に気付くのだ。

 そんな妄想が恐怖に替わる。

 暗闇に潜む魔物は、彼女の心理が作り出す妄想そのものだ。


 目蓋を閉じた時、学校の保健室やこの病院の診察室は、微かな話し声や人の気配が安堵感に替わるのだ。


 鉄剤と頭痛薬が処方された。睡眠薬も貰えるのかと思っていたが、滅多に出さないのだと言う。

 ネットで売買されているあれだけの薬はいったい何処から出てくるのだろう・・・・・そんな疑問を過ぎらせながら、成美は病院を後にした。

 空の藍色はコバルトからダークな紺色にグラデーションして、西方のビルの谷間に微かな残照を残していた。





 黒いタイトなプリントTシャツにリーバイスのブルージーンズ。上に白いシャツを羽織って、淡いピンクのグロスを、ブラシを使って唇にのせると、NBのスニーカーを履いて家を出た。

 成美はシンプルな服装を好む為、何処に行くにも私服はこんな感じだ。

 土曜日の午後、成美は友達の美鈴と新宿で待ち合わせをした。

 身体は少しだるいが、青い空に浮かぶ雲があまりにも気持ち良さげで、自分の心も晴れやかだった。

 約束の時間よりも早く着いた彼女は、一人でジェラートの店でアイスを買って食べていた。

 駅ビルの前を沢山の若者達と少量のサラリーマンが行き交う様子を眺めながら彼女は思った。

 この人達の中で、今夜一人なのは誰と誰・・・

 あたしと同じに、孤独の闇に包まれながら、希望や安らぎとはほど遠い明日に向かって通過する時間だけを待っているのは誰?


 目の前を、身体が融合していまいそうなほどくっ付き合ったカップルが通り過ぎる。

 彼女の身体が半分彼氏の身体にめり込んでそうで、幸せいっぱいと言った感じが溢れている。

(あれで、歩き難い難くないのかしら。でもそれは今だけよ・・・・いずれ、あなたは悲しみの最下層まで落とされるのよ)

 金色のロン毛を靡かせた彼氏の胸元に頬を当てながら、うっとりと微笑む女性を、成美は瞳の動きだけで追い、心の中で彼女に向かって中指を立てた。



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