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バニラ  作者: 徳次郎
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【第10話】

 寺澤は、もう慣れていたので、まったく驚かなかった。

 成美がベッドの上に静かに座っていた。

「成美ちゃん?」

 雪絵は母親のように優しく話し掛けると、成美は小さく頷いて

「あんた、誰?」

 雪絵に向かって訊いた。

「あたしは、森口雪絵」

「豊の彼女?」

「ち、違うけど」

 雪絵は少し慌てて応えて「どうしてここに来るの?」

 と、話続けて訊いた。

「心地いいから・・・」

 今日の成美の服装は、パジャマだった。

 ダークブルーの生地に、微妙に色合いの違うテディーベアが総柄にプリントしてある、非常に女の子らしい寝巻き姿。

 そして、片足に包帯を巻いた素足の足首を雪絵は見逃さなかった。


「ちょっと、足見せて」

 雪絵は、ベッドに腰掛けると、包帯を巻いた成美の左足に手を伸ばした。確かに触れる事が出来た。

「あなた、リストカットしてるの?」

 雪絵が尋ねると、成美は彼女の手の上から自分の足首を押さえて肯いた。

 包帯を巻いていない右足首にも明らかな自傷行為の傷跡が見えた。

 寺澤は初めてその事に気付いた。

 しかし、今まで制服姿で現れた成美は、何時もソックスを履いていたのだから、気が付かなくても当然と言えば当然である。

「どうして、切るの?」

「いいでしょ、別に」

「何か、悩みでもあるの?」

 雪絵は優しく話し続けた。その姿を、寺澤は、ソファに身体を乗り出すようにして見入っていた。

「自分でもわかんないよ」

 成美は小さく首を横に振った。

「お父さんやお母さんは?この事知ってるの?」

「知るわけ無いよ。いつも、誰もいないわ・・・・」

「どうして?」

「お母さんは仕事、お父さんは・・・女・・・・みんな忙しいから、誰もあたしを見ないよ・・・」

 雪絵は思わず振り返り、寺澤と顔を見合わせた。

「おまえ、この前生霊だって言ったよな」

「そうだっけ」

 成美は少し冗談っぽく言った。

「ねぇ、どうして、幽体が離れちゃうの?」

 雪絵は、相変わらず静かに訊く。

「知らない。気付いたら外にいるのよ」

 成美は淡々と応えた。

「ここが心地いいって、どう言うことだよ?」

 寺澤が訊く。

「さぁ、なんでだろ」

 成美は再び曖昧に応えた。

「なぁ、だったら本当の身体で遊びに来ればいいじゃないか」

 寺澤は、ソファから身を乗り出すようにして彼女に言った。

 雪絵が、再び寺澤の方を向いて「多分、無理よ」

「どうして?」

「だって、おそらくここにいる成美ちゃんの記憶は、本体の記憶には残らないわ」

「意思の疎通とかって無いの?」

「それもたぶん無理ね。たぶん、この娘の意識は、成美ちゃん本人の知らない所で動いてるんですもの」

「うーん。そりゃ困ったな」

 二人が顔をつき合わせて話しているうちに、雪絵のすぐ横にいたはずの成美は一瞬で消えてしまった。

 そこにはバニラのような甘い残り香が穂のかに漂っていた。

「バニラの匂い・・・・ まさかね」

 雪絵は一人ごとを呟いた。




「どうして、寺澤君の側に来るのかしら・・・」

 青梅街道を走る寺澤の車の助手席で雪絵が呟いた。

「寺澤君、何か思いあたらない?」

「さぁ」

 ただ首を傾げる寺澤に雪絵が

「まさか、路上で助けてもらった恩返しとか?」

「その割には、何にもしないぞ。テレビ見て、お茶飲んで・・・」

 寺澤はそう言って笑った後

「俺は、本人とも会ったけどまったく心辺り無し」

 車を運転する視線のまま言った。

「えっ、寺澤君、彼女と会ったの?」

「ああ、池袋駅で偶然見かけて、声を掛けてみたんだけど・・・・俺の事、知らないって逃げられ・・・あ、そうか、意思の疎通がないから本人は俺に見覚えないんだ」

 寺澤は一人で納得して頭をかいた。

「どんな感じの娘だった」

「普通の女子高生って感じだったよ。友達ともケラケラ笑ってたし。リストカットしているような娘には見えなかったなぁ」

 小さな街灯が照らす哲学堂の交差点を、中野通りに右折した。

「リストカットしている娘って、意外と普通の娘らしいわよ。あ、そこの信号の手前で止めて」

 中野通りの、西武新宿線の踏み切りを渡って直ぐの所で、雪絵は車を降りた。

「ありがとう、また今度行くわ。あの娘も気になるし。じゃぁね、おやすみ」

 彼女はそう言ってドアを閉めると、もう一度手を振って住宅街に通じる路地を入っていった。



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