右手
吐きそう。
また、あれこれ溜め込んだ。
自分の中に、これでもかっていうくらい。
つらい。逃げたい。
あぁ、楽したい。
楽しい事、気持ちのいい事、おいしい事だけ楽しめたらいいのに。
園美は机に突っ伏している。私は彼女の隣の席で本を読んでいる。
「また、やっちゃったの?」
「またやっちゃったんだよー」
園美は顔も上げずにくぐもった声を出す。
「そんなに頑張ろうとしなくていいんじゃない?」
「分かってるんだけどね」
「頑張ろうしなかったら、そんな風にはならないよ、きっと」
私は紐をたぐり、文庫本を閉じた。園美はがっくりと顔を腕に埋めたままだ。
「もうちょっと、肩の力を抜いたらいいんじゃない?」
私は園美の背中にそっと右手を置いた。
「うん」
園美のくぐもった声が再び聞こえる。
そして、園美はしばらく無言になった。
私は何もしてあげられず、園美の横で同じように机に突っ伏する事にした。
しばらく静かな時間が流れた。
どこかの教室から楽しそうな笑い声と、男子達の張り叫ぶ声が聞こえる。どうやら何かおかしな事を男子がやって、女子達に非難されているらしい。
かすかに聞こえるピアノの音は、下の階の一番端の音楽室からだろう。
ふと隣を見ると園美は消えていた。
「また、やっちゃったの?」
左隣に座った佳代子が微笑んでいた。
「佳代子」
私は力なく笑った。
ずい分長い間突っ伏していたらしく、おでこが痛かった。頬が突っ張られる感覚がするのは、おそらく泣いた跡だろう。
「園美の夢を見た」
「えっと、良美の妹だっけ?」
「うん、私の双子の妹」
佳代子は少し気まずそうな顔をした。園美は去年から過食症が悪化し、入院し始めた。
「ねぇ、良美、そんなに頑張ろうとしなくていいんじゃない?」
佳代子が私を真っ直ぐ見つめた。
「もうちょっと、肩の力を抜いたらいいんじゃない?」
佳代子が優しく私の背中に右手を置いた。
「うん」
私は小さな声で呟いた。
胃がキリキリと音を立てて、何か叫んでいるようだった。
私は震えながらむくんだ右手の指を見る。
かつて園美の背中を支えた細い指の面影はどこにも見当たらなかった。