もう一度
「おはよう」
いつものように愛知学園高校に通う空の数十センチ上を、順子は自転車を漕ぎながら
風のように走り抜けていく。
順子は毎日のように、空を追い越しては振り向きもしないで、「おはよう」とだけ声を
かけて、学校へ急いで行く。
「おはよう」
どんどん遠ざかっていく順子の背中に向かって、空も負けまいと大きな声で挨拶を返
す。
名古屋市天白区の中心を流れる天白川沿いのサイクリングロードを、友達と昨日の
テレビ番組の話題で盛り上がりながら通学する生徒や、
学校の正門をゴールにして猛スピードで競争しながら、自転車を漕ぐ生徒ですら、
その大きな声に反応して空の方を振り返る。
その大きな挨拶の日課は車椅子生活になった空の、周囲の視線への抵抗心の表れなの
かもしれない。
遠ざかっていく順子の背中は、追いついておいで、と言っている様に空には感じられ
た。
幼い頃に必死で追いかけたあの日と同じように・・・。
そしてもう一度、空を奮い立たせるために・・・。
須藤(順子)家を挟んで東側に本山(空)家、そして順子の家の西側には、東(翔)
家、つまり空と順子と翔は幼馴染で、生まれた年も一緒で、ずっと一緒に成長してき
た。だけどなぜか順子は3人の中でも姉さん気取りで、空と翔を弟扱いしたりする。
そんな3人は本当の兄弟のように仲が良く、どこに行くにも、なにをするにもいつも一 緒に過ごしていた。
またそんな3人の親同士も仲が良く、休みの日には家族揃ってキャンプに出掛けたり、
海に泳ぎに行ったり、買い物に出かけたりと、家族ぐるみの付き合いが続いていた。
そんな日々の生活で、3人の子供はそれぞれの親を、そしてそれぞれの親は3人の子供 を本当の親子のように感じていた。
本当に毎日が楽しかった。幸せだった。ずっとずっとこんな日が続いていくだろうと
空は思っていた。いや空だけじゃなく、3家族のみんながそう思っていた