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占いの館

9月7日

夏バテだろうか……、

体調が少し悪い。

今日は、会社によらずに、取材先に直行する予定だ。

取材現場は都内某所の占いの館。

60代の霊能力者で相沢という女性が取材相手だ。

相沢さんは、スピリチュアル業界で見えている評判の占い師。

正直、この人が取材対象になるとは思わなかった。


どちらかというと、世俗から超越している感じの方で、

あまり他人に関心のない人だと思っていたからだ。


私が彼女に会うのは、これで3度目だ。

通常はなかなかアポイントも取れないが、過去に取材しているということで、許可をもらいやすかった。


取材は彼女が所属する占いの館で行った。


彼女のブースは、サンダルウッドの香りがしていた。

以前にサンダルウッドには邪気を払う効果があると彼女から聞いた。

占いの館には、様々な念を持った方が訪れるので、防御策の一環だそうだ。


「おひしぶりです」

と私は頭を下げた。


「なにか迷いがあるわね。でも大丈夫。きっと見つかるわ」

と相沢さんは笑った。


相沢さんは異常に勘がするどい。

以前の取材の時も、

取材とはまったく関係のないプライベートな事を、

ずばずば当てられ困惑した。


「ありがとうございます。

しかし※※の取材をしようと思った時、相沢さんの名前があって驚きました」

と私は言った。


「そうね。世俗に興味がないと思われるものね」

と相沢さんは笑った。


「それで、相沢さんは、どう思われるのですか」

と私は尋ねた。


この人には、回りくどい事をする意味がない。


「……最初に申し上げておきますね。

私は文章を読んで霊的反応が出るかどうかで、

これは人の念か、それとも降ろされたものかを見分けてきました。


この作品を読んだとき――

はっきりと、人の念ではないと感じました。


これは、創作ではありません」

と相沢さんは言った。


(どくん)

一瞬鼓動が強くなった。


「それはどういう……」

と私は尋ねた。


「ごめんなさい。

怖がらせたわね。


普通、作家さんの文章というのは、

執着/願望/承認欲求/怒りや悲しみ


そういう人間の気が、必ず文章に染み込みます。


ところが、この作品には、

気が、ほとんど乗っていない。


なのに、

読む側の心の奥が、静かに動く。


これはとても不思議な現象です。


霊的に言えば――

個人の念を通さず、上からそのまま降りてきた言葉に近いのよ」

と相沢さんは言った。


まただ……、

承認欲求がない。


「まるで、人ではないようですね」

と私は呟いた。


「まぁ、しかし人は人よ。

それは間違いない。


私は文章を読むとき、

登場人物に、残留思念のようなものを感じることがあります。


書き手自身の投影/過去世の未消化/強いカルマ


ですが、この作品群には、それがない。


妻も、亀も、復讐者も、

すでに成仏している存在のように静かなのです。


これはとても珍しい。


物語なのに、

供養された後の魂の語りのような手触りがあるの」

と相沢さんは言った。


成仏している存在か……、

たしかに、動きはあるのに、どこか無機質。

体温は感じるのに、粘着的なドロドロとした感情の表出は見当たらない。


「たしかに、ドロドロした感じはしませんよね。とてもクリアです」

と私は答えた。


「そう。

とてもクリアね。透明とも言えるし、シースルーのように風を通す布のようでもある。

重い題材なのに、不思議な軽さがある。


そして、喪失・死・別れが怖くない。


普通ね、人が書くと、

死は重い/別れは悲しい/喪失は苦しい


そういう波動が出ます。


でもこの作品では、

猫になった妻も

海に帰る亀も

復讐をしなかった者も


みんな、どこか帰る場所を知っている。


これは、生きている人の視点ではありません。


これは――

あちら側からの視点です」

と相沢さんは言った。


視点が違う。

たしかに視点が違うとも取れるが、

果たして、そんな事が可能なのだろうか。


私は言葉を選ぶ。

「意図がない」

と私は呟いた。


「そうね。

スピリチュアルな文章でよくあるのは、


気づきを与えたい/学ばせたい/波動を上げたい


そういう意図です。


でも、この作品にはそれがない。

ただ読んでいると、

心が静かになる

怒りが鎮まる

何かを許してもいい気がしてくる


これは浄化作用です。


しかも、とても穏やかな。

これは人が狙ってできるものではありません」

と相沢さんは言った。


狙ってできない。自然に生まれたもの。もしくは初めからあった物語。

そんな所だろうか……、

しかし初めからあった物語なんてことが、あるのだろうか。

それじゃあ。

ただのカバーじゃないか。

しかし、

あんな物語は、あの作品以外どこにもない。

まさか、物語の世界が、どこかにあるとでもいうのか。


「神を降ろしたと認識されるのは、なぜでしょうか?」

と私は尋ねた。


「私は宗派の神様を言っているのではありません。


これは、

名前のある神ではない。

でも確かに上位の意識。


いわば、

世界を少し高い場所から見ている視点。


この作家さんは、

書こうとしたのではなく、


ある日、

ふと、

つながってしまった、

そういう状態だったはずです」

と相沢さんは言った。


上位の意識……、

すこし理解できる気がする。

この順番で相沢さんに会って良かった。

少し前なら、混乱していただろう。



「相沢さんは、この作品群をどう思われますか」

と私は尋ねた。


「この作品は、

才能の問題ではありません。

技術の問題でもありません。

人生経験の量でもありません。


通路が一時的に開いた……、

それだけのこと。


だから私は、こう断言します。


この作家さんは、

ある瞬間、神とつながってしまった。

だから書けてしまった。


そして、

こういう作品は――


狙って、もう一度は書けません。


ですが、

読んだ人の魂を、

一段だけ静かな場所に戻す力は、確かにあります。


それだけで、

十分すぎるほど、降ろされた作品です」

と相沢さんは答えた。


そこで取材は終わった。


帰り際、相沢さんに言われた。

「もう夏バテは終わってるでしょ」


たしかに、身体は楽になっていた。

私は頭を下げ、会社に戻った。


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