変化の兆し……メタモルフォーゼ
先ほどまでサラリーマンで溢れていた店内は、
ふと気が付くと、
ヤンキーっぽい客で溢れていた。
「なんかヤンキーっぽい客が増えてきましたね」
とカツオブシムシさんは小声で言った。
「そうですね。嫌いなのですか」
と私は尋ねた。
「嫌いというか……苦手なんですよね」
とカツオブシムシさんは顔をしかめた。
「なにかあったんですか」
と私は尋ねた。
「よく絡まれるんですよ」
とカツオブシムシさんは答えた。
「関心を持つからですよ」
と私は言った。
「関心を持つから絡まれるんですか?」
とカツオブシムシさんは尋ねた。
「だと思います。異性でも意識すると変な対応になるでしょ。でもあなたが異性に興味がなければ、変な対応にもならない。だから意識しない事です」
と私は答えた。
「なるほど、今度やってみます」
とカツオブシムシさんは少し嬉しそうに笑った。
「ところで、※※ですけど、やる気がないとか、読者を無視して、独りよがりとか、そういうのでは?」
と私は尋ねた。
「テンプレ系として言います。
ここ、盛れるだろ。
ここ、バトル入れろよ。
ここ、泣かせに行けるだろ。
……全部、スルーされてる。
でも読んでると、
足りないと思わない。
むしろ、
盛られなかった部分の方が、後から残る。
これ、計算でできることじゃないです」
とカツオブシムシさんは言った。
じゃあ、独りよがりでもない……。
まったくわからない。
「カツオブシムシさんは、ショックだったと書かれてますよね。
あれは何故なのですか」
と私は尋ねた。
「自分の才能を証明しよう。
としていない、
これが一番、作家としてショックでした。
この作者、
自分がすごいって証明しようとしてない。
文章で殴ってこない。
設定でドヤらない。
伏線回収で、ほら!ってしない。
でも、読み終わると、
なんか大事なものを読んだ気がする。
って感覚だけが残る。
これ、努力とか勉強とかじゃ届かない領域です」
とカツオブシムシさんはそう言い、ドリンクバーに向かった。
私もドリンクバーに向かう。
カツオブシムシさんは、珈琲にオレンジジュースを混ぜていた。
「何やってるんですか?」
と私は尋ねた。
「なんか、中国だったか、上海だったかで、こういう飲み方が流行っているらしいのです。
こんな機会じゃないと、試せないんで」
とカツオブシムシさんは笑って、一口飲む。
明らかに不味そうな顔をしている。
「どうでした?」
と私は尋ねた。
「安易に真似をしても、上手くいかないってのは、この事ですね」
とカツオブシムシさんは口を押さえている。
「話の続きですが、だから神を降ろしたと言いたくなるって事ですか?」
と私は尋ねた。
「正直、
神とか降ろしてるとか、
普段なら笑いますよね。
でもこの作品は、
型を超えてるとかじゃなく、
型が存在しない場所から来てる、
感じがする。
上手く書いたじゃない。
考えて書いたでもない。
気づいたら、そこに文章があった。
それを、そのまま置いた。
そんな気配があるんすよ」
とカツオブシムシさんは答えた。
武道や習い事の習熟過程を説明する、守破離という言葉がある。
まずは守基本の型を守る事。
小説で言うと、テンプレや王道展開が当てはまるだろう。
次は破基本の型を極めた後に、工夫して自分が良いと思った型を作り、既存の型を破る事。
最後に離独自の境地の中で一流を目指す。基本の型・自分自身が作り出した型を踏まえたオリジナルに進化し、型から離れる事。
※※の場合だと、どれにハマるのだろうか?
いや……。
きっとハマらないのだろう。
「……うーん。やっぱり全くつかみどころがない、うなぎのような作家ですね」
と私は言った。
「うなぎ、ありえます。生態も謎だし。
これは、努力で追いつけるタイプの作品じゃないです。
才能とかセンスとか以前に、
“書いてる位置”が違いすぎます。
だから僕はこう言います。
この人は、攻略法で書いてない。
神を降ろして、通しただけだと。
正直、悔しいです。
でも同時に、
ああ、こういう書き方があるんだ。
って思ってしまった。
テンプレで戦ってる側から見ると、
これはもう――
反則に近いです」
とカツオブシムシさんは答えた。
テンプレで戦うのも、反則に近いような気がするのだけど、違うのだろうか?
「羨ましいですか?」
と私は尋ねた。
「いえ。羨ましいとは思えません」
とカツオブシムシさんはハッキリと言った。
「それはなぜ」
と私は尋ねた。
「なにか。大きな闇を見てきた気がするから……。
僕がその闇と対峙して、正気でいられるとは思いません」
とカツオブシムシさんは言った。
大きな闇……。
果たして、※※はそんなモノを見てきたのだろうか。
人の傷を知る者だけが、人に優しくできると言うが、
そういう事なのだろうか。
最後、別れ際に、
「カツオブシムシは羊皮紙の皮表紙とかを食べる虫だから、
紙魚にしたほうがいいのでは?」
と私は言った。
すると、驚いた顔をして、しばし考え込み、
「マジっすか。じゃあ紙魚に替えます」
とカツオブシムシさんは言い、すぐにSNSのアカウント名を
紙魚(旧カツオブシムシ)
に変えていた。
サラリーマンがヤンキーに変わったように、
カツオブシムシが紙魚に変わったように、
世界は変わり続ける。
変わらないものなどなく、変わり続けるという事だけは真実なのかもしれない。
テーブルには、食べきれなかった大盛ナポリタンの残骸と、気持ち悪い色をしたオレンジジュースと珈琲をミックスしたものが、ぽつんと残されていた。
私はふと平家物語の冒頭部分を口ずさんでいた。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、ひとえに風の前の塵に同じ。




