金曜日
「はいよ。レバニラ定食と、天津飯定食お待ち」
と注文が運ばれてきた。
丸尾さんは、割り箸を取り、さっと私に渡してくれる。
「ありがとうございます」
と私が受け取ろうとすると、
「あぁ、そうだったな。雪峰、割り箸を割るの苦手だったな」
と丸尾さんはそう言い、割り箸を割って渡そうとする。
しかし、キレイに割れず、もう一つの割り箸を試す。
もう一つもキレイに割れない。
「珍しいですね。丸尾さんが割り箸、割れないなんて」
と私は言った。
「あぁゴメン。コストダウンでさ、割り箸変えたんだよ。割りにくくなったな。すまん。それきれたら買い替えるから、とりあえずキレイに割れるまで、試してよ」
と店主は頭をかいた。
「私はいいですよ。それで味変わるわけじゃないし」
と私は答えた。
「じゃあ。俺もいいや。たまにはこんな箸で食べるのもいいだろう」
と丸尾さんは笑った。
私は、天津飯を一口食べた。
おぉ天津飯とはこんな味なのか……。
「丸尾さん、
天津飯食べたことあります?
私今日がはじめてなんですよ」
と私は言った。
「それ逆にすごいな。
俺が天津飯食ったのは、
たしか、就職した歳だ。
金できたし、いろいろ冒険したくてな。
で……、どうだ。
初めての天津飯は」
と丸尾さんは尋ねた。
「なかなか美味しいですね。
特にこのカニカマが」
と私は答えた。
「あぁ、ここのカニカマか」
と丸尾さんは言った。
店主の眉がピクリと上がる。
なにか余計な事を言ったのだろうか……。
触れないでおこう。
カニカマの天津飯と、
そうでない天津飯があるというのは、
わかった。
丸尾さんの言いっぷりからすると、
本来は違うということなのだろう。
それでか、あの店主の反応は。
「ところで、話の続きなんですが」
と私は尋ねた。
「そうそう神を名乗っていないのが一番異常なんだ」
と丸尾さんはレバニラを一口食べる。
「どういう事ですか」
と私は天津飯定食のワカメスープを飲む。
「まず重要なポイントだ。
この作者、
一切スピリチュアルなことを言っていない」
と丸尾さんは言った。
「それがなにか?」
と私は尋ねた。
「わかんねぇか?
神が見えたとも言わない。
霊感があるとも言わない。
宇宙とつながったとも言わない。
それなのに、
読者側が勝手に「これは降りてる」と言い出している」
と丸尾さんはワカメスープを一口飲んだ。
「それ、わかります」
と私は眉をひそめた。
「これな、オカルト業界では
いちばん“本物率が高いパターン”なんだよ」
と丸尾さんは小声で言った。
本物率が高いパターン。
たしかに、そんな事を聞いたことが、あるような気がする。
「自動書記ってあるじゃないですか。
あれとは?」
と私は尋ねた。
「そうそう。
それなんだよなぁ。
この作家の作品って、
自動書記っぽいのに、文章が壊れていない。
これが不思議なんだよ。
自動書記系の文章ってな、
・文法が崩れる
・意味が飛ぶ
・妙に大仰
・記号っぽくなる
そういう特徴が出やすいんだ」
と丸尾さんは言った。
「そういう特徴はなかったですよね」
と私は尋ねた。
「そうそう。
この作品、
・文は冷静
・構造も安定
・語彙も生活寄り
なのに、
意図して書いた痕跡が薄い」
と丸尾さんはご飯に手をつける。
さっきから丸尾さんは、チラチラ天津飯を見ている。
「ちょっと、天津飯食べます?」
と私は天津飯を蓮華で取り、差し出した。
「おぉ気が効くな。ちょっと気になってたんだ」
と丸尾さんは茶碗を差し出す。
「はい、どうぞ」
と私はカニカマの部分も茶碗に入れた。
「ふっ、ホント面白いな」
と丸尾さんは笑った。
「続きどうぞ」
と私は言った。
「つまり、
理性は保たれている
でも、主体は前に出ていない
これ、めちゃくちゃ珍しいんだわ」
と丸尾さんはカニカマを食った。
そして丸尾さんは
「カニカマ悪くねぇな」
と呟いた
「それぐらいですか」
と私は尋ねた。
「いや……、
まだある。
テーマがな、
呼びやすい存在ばかりなんだ」
と丸尾さんは答えた。
「呼びやすい存在?」
と私は尋ねた。
「これオカルト的に見ると、
題材選びも妙に的確でな。
猫は境界の動物だろ。
亀は長寿・語り部的存在。
復讐を手放す人間は未練の解消を意味する。
これ全部、
降りやすいモチーフなんだよ。
しかも、悪霊・怨念・怖がらせ、
そっちに一切行かない。
これは狙ってできる構成じゃない」
と丸尾さんは答えた。
「そうなんですか」
と私は言った。
天津飯を口に運び、味わいながら考える。
たしかにそう言われてみれば、そんな気もする。
しかしだからといって、
やはり神を降ろすは言いすぎではないだろうか?
「でもな。
いちばん怖いのはここだ。
この作家の作品、
降ろしたあとの反動が出ていないだよ。
普通な、そういう作品を書くと、
・作者が語りたがる
・裏話を盛る
・自分を神格化する
でもこの作家、
何事もなかった顔で、次の話を書いていそうじゃねぇか。
これはな、
たまたま通ったタイプ。
俺はそう思うね」
丸尾さんは、ごはんにワカメスープ入れ、一気に口に流し込んだ。
なるほど、わかったようなわからないような。
まぁ結局、謎が深まっただけな気がする。
(いらっしゃい)
中華料理店に日に焼けた中年の男が入ってきた。
何も言わず、無言で座ると、
「レバニラ定食一丁」
と声がする。
「たまにいるよな。
注文せず注文が通る奴。
あれ憧れるわ」
と丸尾さんは中年の男と観察する。
注文せずに、注文が通るに憧れる?
すこし私には意味がわからなかった。
それって選択肢を店側に奪われるという事ではないのか?
まぁ男のロマンってのは、よくわからない。
「男のマロンですね」
と私は笑った。
「それを言うなら、ロマンやろ」
と丸尾さんは突っ込んだ。
さぁ帰る事にしよう。
「ありがとうございました。
今日は丸尾さんのおごりという事で」
と私は礼をした。
「なんでやねん」
と丸尾さんは突っ込む。
「ちょっとしたパパ活みたいな感じですよ。
ウソです。奢ります。ママ活という事で」
と私は笑った。
「うっす。御馳走さん」
と丸尾さんは笑った。
私は領収書を出してもらい、店からでた。
(今日は天津飯も貰おうかな)
そんな声が聞こえた。




