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神を降ろして書かれた物語

今読んでいる小説が『神を降ろして書かれた』と聞けば、

あなたはどう思うだろうか?

私の答えは「ありえない」だった。

しかし、それを主張する何人かの人物に話を聞き、

私の主張は揺らぎつつあった。

そういう小説もあっても良いのではと、そう思ったのである。


――――

8月31日

まだ蝉が泣き止まぬ中、一通のメールが私の元に届いた。

件名:神を降ろし執筆すると噂の作家について

差出人は、知り合いのファッション誌編集者だった。


私の名は雪峰朱音ゆきみねあかね

38歳独身でオカルト雑誌の記者をしている。


朱音という名は、暗い所でも自分の色を失わないように、

誰かに届く音であるようにと、祖母が願いを込めたそうだ。

私は父が誰であるかしらない。

母は私を産んで、すぐにどこかに消えたらしい。

名前すら決めずに、去っていったそうだ。


祖母の実家は神社だったそうで、

私は昔から色んな話を聞かされた。


しかし、

私は幼少期から神という存在については、

否定的でよく祖母と口論になったらしい。

「神がいるなら、なぜ私には父も母もいない」

そう思ったからだ。


今から思えば、

ずいぶん短絡的に考えたものだと思う。

しかし、

それは幼い頃の私の自我を守るために、

必要だったのだろう。


今はどう思うかって?

「わからない。ただ神がいても良いとは思っている」


以前の私は、

「神がいては不都合だ」

そう感じていたのだと思う。


仮に神がいるのなら、

私にはなぜ父も母もいないのか?

なぜなら、

それは私が罪深い人間だからだと、

そう結びついたからだろう。


いわゆる私は、

因果応報説の犠牲者だ。


自らの罪悪感に押しつぶされまいと、

神がいないとそう感じたのだ。


今の年齢になって思うのは、

因果応報というのは、

一部真実であり一部偽である。

という事だ。


つまりは再現性。

世界には一定条件を満たせば、再現される事が沢山ある。

しかし一定条件を満たしても、再現されない事も沢山ある。

再現性は必ずしも100%ではない。

これはまぎれもない真実だ。


しかし、

因果応報は絶対視されやすい。

この因果応報というルールを絶対視してしまうと、

世界が歪んで見える。

因果応報説をとれば、悪人は必ず成敗され、善人は必ず幸福にならなければいけない。

この事は、直感的に偽であると感じる人が多いだろう。


因果応報が偽と感じる人が多いなか、

圧力的に因果応報を信じる風潮がある。

だからこそ、恐ろしい思想でもあるのだ。


しかし、この因果応報ルールに、但し再現性は100%ではない。

と但し書きが書かれてあればどうだろうか?


善人であれども、不幸になることもあり、

悪人であれども、幸福であることもある。


そのような理解になって初めて、

神が存在することを許せた。


神が救える場合もあれば、救えない場合もある。

因果応報が成立する場合もあれば、しない場合もある。


私は因果応報を否定はしない、

しかし、完全にも肯定しない立場であり、

むしろ世界の曖昧模糊とした態様を肯定する立場なのかもしれない。


事実、世界は恋愛感情のように、曖昧模糊とした態度を取る。


そんな事をぼんやりと感じながら、

私はメールを送ってきた知り合いに会うことにした。

場所は以前彼女と何回か行ったビアホールだった。


ひさしぶりにあった彼女はずいぶん痩せていた。

3年ぶりくらいだろうか。


「ひさしぶり、ずいぶんスッキリしたんじゃない」

と私は言った。


「もう3年くらいかな。あの時からだと5㎏は痩せたかな」

と彼女は答えた。


「すごいね。キレイになった」

と私は言った。


「ありがとう。とりあえず飲もうか」

と彼女は言い、店員を呼ぶ。


日焼けした茶髪の男性店員がやってきた。

耳全体がピアスで埋まりそうな勢いだった。


「いらっしゃやせぇ。ごちゅうもんすぅかぁ?」

と店員は言った。


「生中」

と私は言った。


「私も」

と彼女は言った。


「生中ふたっぅっすね」

と店員は言った。


私はうなづく。


「店員さん。ピアスカッコいいわね。いくつあけてるの?」

と彼女は尋ねた。


「これ10個までは数えてたんすけど、もう分かんなくって、イベントごとにあけてるから」

と店員は答えた。


「そんなにイベントがあるの?」

と彼女は尋ねた。


「そうっすね。こないだはダチの誕生日だったんで、あけたんすよ」

と店員は答えた。


「もう……、あける場所ないんじゃないの?」

と彼女は言った。


「それがね。案外見つかるんすよ。真剣に探せば。

生持ってきますね」

と店員は笑った。


私たちは、届いた生中を飲み始めた。

乾杯という言葉も言わずに。


「しかし、ほんと乾杯って言葉使わないね。私ら」

と私は言った。


「あなたとだけよ。乾杯って言わないの。ほかの人と飲みにいくと言うよ。社会人だし」

と彼女は笑った。


「あれなぜ言うのかな?乾いた杯ってどういう意味」

と私は尋ねた。


「乾杯ってのは、杯に入った酒を飲み干す事よ。ちなみに中国では干杯っていうの。しかも中国だと一気飲みしないといけないから、正直日本で乾杯と言ってるのは、誤用だと思うわ」

と彼女は言った。



「なるほど、という事は……、

神降ろしも誤用という事?実は髪をおろす……、おせげ髪の作家とか」

と私は尋ねた。


「なに、その論理の飛躍。ウケる」

と彼女は笑った。


「……で、どういう事なの、意識がハッキリしているうちにメモ取っておきたいし」

と私は尋ねた。


「実はね、

異常な執筆スピードで小説を出し続けている作家がいるの?」

と彼女は答えた。


「書くのが早い人はいくらでもいると思うけど」

と私は尋ねた。


「新作を1週間に1作よ」

と彼女は答えた。


「あぁ、テンプレの量産作家さんでしょ。最近多いわよね」

と私は言った。


「そう思うでしょ。

でもね、違うの。

まったくテイストの違う作品を出すのよ」

と彼女は答えた。


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