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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

屏風虎の折り

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こー坊は、「一休さん」を知っておるか?


 ――屏風の虎に関する話か、と?


 ほほう、さすがだな。

 室町時代に存在したという坊さんの、一休宗純。彼や他の人の逸話が入り混じって一休さんの人物を形作ったようじゃが、確かに屏風の虎は有名なもんじゃ。

 夜な夜な屏風から出てくる虎を縛るよう将軍に頼まれた一休さん。普通にやったら屏風ごと縄をかけるくらいで、絵の中の虎だけを相手にはできまい。

 しかし一休さんは頼みを引き受けたうえで、屏風から虎を出してほしいとお願いする。なるほど、屏風から出てくるという話がまことならば、出てきたところを縛ればよい。

 むろん、屏風から虎が出てくるというのはガセ。ならばもとよりできようはずがなく、将軍様が丸め込まれることになった……という流れだな。

 頭の働きが早いととるか、小賢しいととるかは、まあ人によるだろう。うまいこと相手を言いくるめるのも、生きるうえで求められる技のひとつ。

 じゃが、本当に虎は出てこないのか? というのも証明しきるのは難しい。

 ひとつ、絵の虎の中の別の話を聞いてみんか?


 むかしのようで、さほど遠くはない過去のこと。

 ある子供が友達の家へ遊びに行った。たまたま親がおらずに留守番を任されたときだったという。和洋折衷な家のつくりで、二階がほぼ洋式の部屋が集中し、一階は逆に和室が集中していたらしい。

 その奥の間に屏風がでんと置いてあった。

 その屏風、一方の壁の寄りかかる寸前のところに広げられている。どこを隔てているわけでもなさそうだった。

 屏風には二匹の虎が描かれており、資料集に見る唐獅子図屏風とよく似たつくりだったそうな。構図だけみれば似ていても、描かれているのは金色の毛並みをもった二匹の虎。そしてお互い顔を向けあいながら、大口を開いていたという。

 そのできばえは、ぱっと視界へ入れたなら思わず「おお」と後ずさりしてしまいそうな迫力に満ちていて、部屋のふすまを開けた瞬間に目が合うとつい足を止めて固まってしまうほどなのだとか。


 しかし、どうしてこのように屏風を広げているのか。使っている様子がないならば畳んでおいてもいいのではないか。

 子供は友達に対してそう尋ねてみると、「あいつらは畳まれると『骨が折れる』からな。ああしておくのがいいんだ」とのこと。


 骨が折れる。なにか特殊な細工がしてあって、畳むのに難儀するという意味合いだろうか。

 しかし、そういうと友達は「察しが悪いなあ」といいたげなしぶい表情をする。


「なら、実際に見てみるか?」


 言葉につられて、例の屏風のところまできた子供。やはり正面から距離を詰めてみると、鳥肌が立ちそうになる。

 屏風の幅はざっと3~4メートルほどあるか。そこのほぼ中央を二匹が占拠しているという大きさだから、その開いた口に自分の頭までぱくりとくわえられてしまいそうな気さえする。


「俺が左端からやる。お前は右端をもって、この屏風を畳むように真ん中へ歩いてくれ。そうっと、だぞ」


 指示通りに動く子供。ほどなく、友達のいったことの意味を知った。


 屏風が畳まれていくたびに、ぴきり、ぱきりと枝を折るかのごとき音が響く。

 手元、足元、耳の元。聞こえてくるのは、そのいずこかでもない。

 屏風の中央。例の虎たちの描かれたあたりから鳴っているように思えたのだとか。


「とまれ」


 友たちの制止。その理由は、あらためて問うまでもない。

 音が鳴るたび、屏風からぴゅっぴゅっと、とぎれとぎれに飛び出て、目の前の畳を汚すものがある。

 墨、というには、そいつはいささか黄色すぎた。この虎たちの身体をなす毛たちが、そのまま抜け落ちているかと思うほどだった。

 こいつが、「骨が折れる」という表現の原因とのこと。へたに畳もうとすると、こいつらは塗料を漏れ出させてしまうのだろう、と子供は思った。

 そうなると、こいつらはかなり最近に作られたもの? いやいや、でも塗料が乾ききっていないブツなど売り物として出すだろうか? そもそも、自分はそれなりに長いことこの家に遊びに来ていて、何度も屏風を見ているから時間たちすぎでは?

 などと考えをめぐらせつつも、友達に促されるまま畳を拭くのを手伝わされる子供。屏風もまた懐紙のようなものでぽんぽんと、色が噴き出たと思しきところを拭ったものの、友達は渋い顔をしてうなる。


「やっぱ機嫌を損ねちまったようだな……お前、しばらくは二階にいるぞ。こいつらを歩かせる」


 歩かせる。

 先の、骨が折れるのがあのようだったんだ。こちらもあながち冗談ではないだろう。

 子供は素直に友達へついていき、そこから2時間あまりを二階でじっとしていることになる。

 その間、断続的に階下からは揺れを感じたらしいんだ。

 地震とは異なり、のっしのっしと何かが連れ立って歩くような物音。けれども、そいつを見に行ってはならない。

 ろくなことにならないから……とのことだったが、神経を集中していた子供と友達は、その耳で聞いた。

 鍵を閉めたはずの玄関の戸が忍ぶように、静かに開かれる音。一定間隔だった物音がにわかに早まり、その玄関へ殺到する気配。そして、ごくごく短く、不自然に途切れる悲鳴。

 直後、物音はずんずんと奥の間へ向かい、それっきり聞こえなくなる。


「バカが……やらかしやがったな、この泥棒さんが」


 舌打ちして立ち上がった友達。そのあとへついていった子供が見たのは、まず鍵を開けられた玄関と、先ほどまではなかった点々と落ちる血痕。

 そして奥の間の屏風で大口を開きながら、その白かった牙を赤く染めた虎たちの姿。これらを淡々と処理する友達の姿だったという。

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