第41話 死霊魔導師は力尽きました。
足で放ったヒールショットがワータイガーの巨体を浮かせ、天井にまで吹き飛ばした。
「いぎっ――」
食い込んでいた爪が容赦なく腕の肉を抉り取り、激しい痛みが襲ってきた。
吹き飛んだワータイガーを見て、後続の魔物たちが呆気にとられたかのように、止まる。
今しかない。
体を起こし、セレスの上から退いて、血まみれの手を差し出す。
「セレス! 急げ!」
「うん!」
躊躇は一瞬で、真っ赤な俺の手をセレスの小さい手が掴んだ。
力のは入らない腕を、体をのけ反らせてセレスを引っ張り上る。
「――っ!」
電気が走ったように痛みが突き抜けていく。
引き上げた勢いで、ポスッと胸に飛び込んできたセレスのお陰か、気が遠退きそうになっていた俺を引き戻してくれた。
腕の中のセレスを抱きかかえダンジョンの外へ足を踏み出した。
「ネクロウ後ろだ!」
ヘルヴィの声を聞き、背後に魔物が迫る気配に今度は足ではなく、背中へ魔力を集めて背後へヒールショットを当てずっぽうに放つ。
「間に合え! 物理結界!」
「ヒールショット!」
ドシン、とヘルヴィの結界に重いものがぶつかる。
「ネクロウおろして!」
セレスは俺の腕から抜け出し、ジムの剣で結界に張り付いた魔物を切り捨てる。
「ネクロウ! 腕を治せ! 血を流しすぎだ!」
「そんな暇は無い! ヒールショット!」
ダンジョンの入口に向かってヒールショットの弾幕を張り続ける。
威力より数、点より面を意識して、もう少しも動かせる気がしない腕ではなく、体の前面すべてからヒールショットを撃ちまくる。
「死ぬっ!」
「うわっ! な、なんだ外!?」
「どこだここは!」
「もう駄目――あれ?」
「ぎゃぁあああ……あ?」
「嘘っ! 本当に助かったの!」
防壁内に驚きの声が溢れ出した。
「デバンたちが冒険者救出をやり始めたぞネクロウ! 奴らが戻るまで持ちこたえるぞ!」
「やるよ! そっちの騎士さんたちも冒険者さんたちも手伝って!」
「おう! まだ戦えるなら手伝って! ここで食い止めるぞ!」
「なぜ外かわからないが手を貸すぞ!」
俺たちが声をかけてすぐだった。
冒険者の一人がヘルヴィの張る結界に張り付いた魔物に攻撃を始めた。
「俺もやるぞ!」
「私だって!」
一人の行動がきっかけとなり、まるで水面に落ちた水滴のように、まわりへ波紋を広げた。
これほどの冒険者がダンジョンで生き残っていたのかと思えるほど、次から次へと防壁内に人が増えていく。
最初は俺たち三人を含め十数人だった迎撃する壁が、騎士たちも加わり、ヘルヴィの結界に張り付く魔物がほぼいなくなったほどだ。
だが、そこへ大物が階段を上がってくるのが見えた。
「ヤバい! ミノタウロスが来たぞ!」
「なんで深層の階層主が出てくるんだよ!」
「ヤツのハンマーはまともに受けるな! 避けるか受け流せ!」
「魔法が使える者はミノタウロスに集中攻撃だ!」
ミノタウロスは階層主と呼ばれているのか。
デカいと思っていた魔牛の体高の倍はあり、巨大なハンマーを肩に担ぎダンジョンから足を踏み出してきた。
初めて見る魔物だが、冒険者や騎士たちから放たれる魔法に足を止めるが、分厚そうな皮膚を貫けるほどではない。
表面に微かな焦げ、傷を負わせるだけで、倒せるほどの威力はなかった。
「強敵がついに出てきたようだな! ならば我の最強魔法を受けてみよ! アイスランス!」
味方が増え、結界を張り続ける必要がなくなったヘルヴィが、大人の身長を超える大きな氷の槍をミノタウロスに向けて撃ち放つ。
ヘルヴィの頭上から一気に加速したアイスランスは、避ける間も無くミノタウロスに直撃。
ズドン、と大きな破裂音と、衝撃波が発生したのかまわりにいた魔物たちも吹き飛ばされクレーターのように魔物がいない空間が作られた。
「ネクロウ! あれには我の魔法も効いてない!」
「ヘルヴィの魔法でも駄目なのかよ!」
ミノタウロスは、降り注いだ砕けた氷を払い落とすように、犬や猫と同じように身震いしただけだった。
『グオォオオオオオオオオオッ!』
ミノタウロスの長く続く咆哮に呼応するよう魔物たちも同じように咆哮を始めた。
ビリビリと空気を震わせる。
「ぐあっ! 耳が!」
と、冒険者や騎士たちもあまりの音量に剣を振ることも忘れ耳を押さえる。
これ、絶対ヤバい、なにか起こる前兆だろ!
俺は回復を始めていた腕を後回しにして、なんとか持ち上げられるようになった腕へ魔力を集め始める。
「ネクロウ! 何をするつもりだ! それ以上魔力を集めては暴発するぞ!」
「わかってる! でもやるしかない! 全魔力のヒールショットをミノタウロスに撃ち込む!」
左手で支えた右手のひらに魔力がどんどん集まっていく。
「無茶だよネクロウ!」
ヘルヴィとセレスも俺を止めようとして、手を伸ばし肩に手が触れた時、微かに流れ込む二人の魔力を感じた。
その微かに流れ込んだ魔力のお陰か、集まった魔力が手の先でかげろうのように揺らめきだすが、まだまだ足りない。
「無茶でもやらなきゃミノタウロスが王都に出てしまう! セレス! ヘルヴィ! お前たちの魔力も俺に貸してくれ!」
目は大口を空に向けて開け咆哮するミノタウロスから離さないが、肩を持つ二人の力が増すのを感じた。
「ぬーっ! どうなっても知らんぞ! 全部持っていけ!」
「わかったよネクロウ! わたしのもあげる! だから死んじゃ駄目だよ!」
数秒という短い葛藤はあっただろうが、二人は俺に魔力を本格的に流し始めてくれた。
「くうっ!」
濁流のように流れ込む異なる二つの魔力が、俺の体で噛み合わず、軋みを上げて暴れまわる。
「中々キツいっ! 耐えろよネクロウ!」
「んぎぃー! 負けないもん!」
異質な三つの魔力を操り、右手に押し込んでいく。
その時、咆哮をやめた魔物たちに変化が表れた。
狂喜を色濃くしたような真っ赤に変化した目は、この後に起こる惨劇を映しているようだ。
だが、身を低くして身構えるだけで、まだ動き出す気配はない。
ミノタウロスの号令を待っているのだとわかった。
だがその余裕が命取りになるだろう。
膨れ上がった魔力の塊を右手のひらの前に吐き出す。
それはミノタウロスさえも飲み込むほどの大きさがあった。
でもこれで終わりじゃない。
広げた手を握り込むように吐き出した魔力に圧力をかけていく。
ぐぐぐ、と五メートルはあったヒールショットが、いつもの大きさにまで圧縮されるまでそれほど時間はかからなかった。
『――オオオオオオオオオオオ!』
魔物たちの咆哮が終わったあと、ミノタウロスも口を閉ざし、空へ向いていた顔を俺たちに向けた。
そして突撃の合図だろう巨大なハンマーを振り上げたが、もう遅い。
「ヒールショットォオオオオッ!」
ヒールショットは一瞬でミノタウロスの胴体に到達し、上半身を消し去った。
一瞬だけ、防壁内から音が消えた。
「よ、し……」
それを見届けたが、もう体に力が入らなかった。
「「ネクロウ!」」
『主よ、戻ったぞ!』
『ただいまーっす』
『帰還』
倒れたからか、青い空と、みんなの顔が見えた。
「あと、は、おねが、い、ね」
そこで俺は目を閉じた。
読んでいただきありがとうございます。
ブクマや★★★★★で応援よろしくお願いいたします。




