第31話 死霊魔導師は悪戯始めました。
影の中から外の様子をみんなで眺めていた。
今までは影から影への転移しかできなかったが、今回のゴブリン討伐でレベルが上がり、影の中を居住空間にできるようになった。
影の中からは、いたるところにある影から外が見え、当然中の様子は向こうから見えないとのこと。
諜報活動をする際、死霊魔法が使える者にしか関知されることはないから重宝……諜報に重……止めておこう。
希少な死霊魔法が使えたとしても、ほとんどの者は拘束され、良くて投獄、普通は見つかって捕まればその場で……。
だから影の中にいる限り見つかる可能性はほぼ0だ。
中には完全に隠して生活できているものもいるかもしれないが、本当に極少数だろう。
もしかするとその人たちは影の居住空間に住んでるかもしれないな。
外では関所に近い、盗賊の格好をしている十名の斥候部隊が進行を止めたところだ。
崩れかけた炭焼き小屋と、窯があるちょっとした広場。
後続の奴ら、約百人が到着しても、休憩はできそうだ。
斥候部隊は周囲を探るように見回し、崩れかけの小屋と、天井の落ちた窯の中を慎重に覗き込んでいる。
住みかにしている動物や魔物もいなかったからか、安堵に胸を撫で下ろしているだけで先に進もうとはしない。
『休憩を入れそうですな、これは好機、主よ、何からやりますかな?』
「そうだね、水分は補給するだろうから、水瓶に仕込む腹下しが一番自然だと思う」
「ネクロウ、それでは個別で水筒を持っているから一度に全員は無理だぞ、症状が出る時間がバラければ最初に疑われるのは水瓶だからな」
ふるふると横に首を振るヘルヴィ。
「あ、そうか、行進中も水分補給していたもんな」
「んー、直接口の中に放り込めたらねー」
「セレス、それはさすがに気付かれ――」
『口じゃなくてお腹の中に入れられるっすよ?』
「へ?」
『ティウスたちに薬を持ってた時も、お酒飲まない直近のヤツがいたっすから、何人か胃に入れてたっすねー』
いや、それ、早く言ってよ。
心の中でおそらくセレスもヘルヴィもつっこんだはずだ。
ジェイミーを見る目が二人ともジト目になってるから、間違いない。
三十分程経った頃、後続隊が炭焼き小屋の広場にやって来た。
斥候部隊が火をおこし用意した干し肉のスープだ。
腹下しは直接胃に入れることになったのだが、『で、我たちは何をすればいいんだ?』とヘルヴィの一言で、思い出した。
その作戦なら俺やセレス、ヘルヴィは必要ない。
影の空間から覗き見するだけになってしまう。
だからもう一つの『痒くて仕方がなくなる薬』を撒き散らすことにした。
無味無臭の凄く細かい粉薬を風上から偽物盗賊たち全体に振りかけようって作戦だ。
食事時の見張りが交代した頃、腹下しが全員に行き渡り、ついに俺たちの出番が回ってきた。
「頃合いだな、ネクロウ、セレス、我たちには物理結界を張るから気にせず撒きまくるぞ」
「くふふっ、こんな大がかりな悪戯はネクロウともやったこと無いし、すっごく楽しみ!」
「いやいやセレス、大がかりどころか悪戯なんてそんなにやってないよね?」
花壇の花を野菜に植え替えたり、お風呂で泳いだり、厨房に忍び込んでこっそりお客様用の蜂蜜食べたくらいだよね?
うん、どう考えても可愛い子供がやるレベルの悪戯しかしてない。
そんな掛け合いをセレスとしているうちにヘルヴィの物理結界が張られた。
「くくっ、遊んでる暇はないぞ、これは内戦を防ぐ大事なことだ。ネクロウ、セレス、存分に撒くぞ」
ヘルヴィの手にはすでにジェイミーが用意した『痒くて仕方がなくなる薬』の入った革袋が握られていた。
そうだ。これは本当に大事な仕事だ。
「うん、やろう。セレスも準備はいい?」
俺も革袋の口を縛っていた紐を解き、セレスを見る。
「いつでもいいよー」
セレスはもう革袋に手をつっこみ、影の空間から外へ向けて構えていた。
準備は完了だ、あとは俺の号令で作戦の二つ目が始まる。
「3、2、1、0の0で開――」
「えいっ!」
「食らうがいい!」
「始…………えいっ!」
俺たちの撒く薬は背の高い木にある影部分から炭焼き小屋広場に広がり舞い降りていく。
追い風だけでは確実ではないと、ヘルヴィが風魔法で広場全体に広げていった。
最初に出た症状で『始まった』、と、声を揃えてしまった。
ポリポリと一人目が体を掻き始め、それが波紋のように広がっていく。
『主よ、ここの見張りはジムに任せ、もう1ヵ所に向かいましょうぞ』
ゴブリン討伐の森近くで隠れていた王族派の本隊たちもちょうど体を休めているところだった。
すでに食事は終わったようだが、やることは一緒だ。
ジェイミーとデバンが腹下しを仕込んでる間に俺たちも痒くて仕方がなくなる薬をバラ撒く。
そんな時、ヘルヴィがとある人物を見て『なぜここにいる』と指差した先の人物。
第一王子、フェットヴェルデン・フォン・シュテルネ本人だった。
「しばらく見ない内にさらに肥え太ったな」
その言葉通り、魔道具で肥大化しているヘルヴィの姿よりひとまわりは太っていた。
そう言いながらも痒くて仕方がなくなる薬を撒き続ける。
森の中だと言うのに、第一王子フェットヴェルデン殿下の前には豪華過ぎる料理がテーブルの上でところ狭しと敷き詰められていた。
食べる所作はさすが王族と言ったところだが、その口へ運ぶ量とスピードはまわりで食べている騎士たちに比べ、追随を許さない。
「おい! もっと肉を持ってこい! ワインもだ!」
「はっ! 直ちに!」
調理担当だったのか、給仕の一人が離れ、別の者が新しいワインをグラスに注いでいく。
「フェットヴェルデンの食べる姿を見ると食欲が無くなる。さっさと退場してもらおう、醜すぎだ、アレと血が繋がっているとは心底嫌になる」
『なら笑い続ける薬も使うっす、笑い続けていれば料理も喉を通らないっからねー』
ジェイミーがそんな提案をしてきた。
「おお! それは名案だ! そうだな、新しい肉やワインに口をつける前にやってしまおう」
ニヤリと笑いジェイミーを見て頷くと、ジェイミーはスッと消えた次の瞬間だった。
ワイングラスに手を伸ばしたフェットヴェルデン殿下が一度だけビクンと痙攣するのが見えた。
「ふひっ!? フヒャヒャハイヒヒッフヒョホホホ――」
突然、奇声とも言える笑い声を森に木霊させ、体をかきむしり始めたフェットヴェルデン殿下。
『腹下しも強力なの追加しておいたっす。すぐに症状が出るっすからねー』
……と、いうことは?
笑い続け、身体中を掻きむしり、形容しがたい音と臭いがフェットヴェルデン殿下を中心にあたりへ撒き散らされる。
「あー、ちょっとやり過ぎた、か? しかし、これで今日の進軍は無いだろうな、世話人たちには悪いことをしたが……」
阿鼻叫喚の渦の中心で転げ回るフェットヴェルデン殿下を見下ろしながら、ヘルヴィは俺と同じ思いを口にするのだった。
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