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理想の人いませんか? 好きなのかどうかを、必ず見つけて確かめたい。

作者: 来留美

楽しくお読みいただけましたら幸いです。

「どこかにいないかな? 私の理想の人」


 私は教室の窓から空を見上げて言う。

 学校にも、公園にも、駅前にも、ショッピングセンターにも、どこにもいない。


 私の名前はウメ。

 おばあちゃんみたいな名前と昔からいじられる。

 気にはしていない。

 ただウザイだけ。


「今まで現れてないなら、いないんだって思うけどな? 少し条件を変えればいいじゃん」


 私の隣の席の男友達が言う。

 彼の名前はキョウヤ。

 高校一年生で同じクラスになり、仲良くなって高校二年生の今に至る。


「ところで、理想の人ってどんな人なんだよ?」

「あれ? 言ってなかった?」

「うん。聞いたことないかも」

「それなら教えてあげる、、、」


「ほらっ、授業が始まるぞ」


 先生が教室に入ってきたことにより、続きは言えなかった。



「それで、理想の人って、どんな人?」


 授業が終わり、キョウヤが私の理想の人を訊いてきた。


「それは、、、」


「キョウヤ先輩」


 私が話そうとすると教室のドアの所で後輩女子達がキョウヤを呼んだ。

 キョウヤはちょっと待っててと言って彼女達の所へ行った。


 私は、待つわけがない。

 椅子から立ち、トイレへ向かう。

 キョウヤがチラチラ気にして見ていたが、私は何も気にせずに教室を出た。


 トイレの個室に入っていると、女子軍団が入ってきた。

 それから、彼氏の話や友達の悪口大会が始まった。


「ねぇ、キョウヤ君って格好いいよね?」


 キョウヤの話になったということはこの後の話は予想がつく。

 どうせ私のことだ。


「隣にいつもいるウメおばあちゃんはどうにかならないの? 全然可愛くないし、座敷わらしみたいだよね。名前がぴったり」


 始まった。

 私の悪口大会。

 私はここにいるわよ。

 全部聞いてるわよ。


「おーいウメ。ここにいるのか? もしかして大なのか?」


 いきなりキョウヤの大声がトイレに聞こえた。

 女子トイレに向かって言う男の人っているの?

 変態じゃん。

 変質者じゃん。


「えっ、キョウヤ君? ウソ。見に行こうよ」


 女子軍団は出ていった。

 私は個室のトイレから出て、手を洗って出ていく。


「ウメ。トイレに行くなら言ってから行けよ」


 キョウヤが、トイレの横で待っていた。


「トイレくらい行くのに言う必要はないでしょう?」

「俺だって行きたかったのに」

「はぁ? 男子トイレと女子トイレだよ? 一緒に行く必要あるの?」

「どうせ隣なんだから一緒でいいじゃん」

「あり得ない。そんなこと言えるのは、キョウヤがその顔だから許されてるんだよ」


 キョウヤがイケメンだから許される。

 キョウヤがイケメンだから私は悪口を言われる。

 もう慣れたけどね。


「それで? ウメの理想の人は?」


 キョウヤは、また私の理想の人を訊いてきた。


「あっ、次って社会の授業だよね? 私、先生に教材を取りに来いって言われてたんだった」

「えっ、先生って坂本(さかもと)?」

「そうだよ。じゃあ行ってくるね」


 私は資料室へ向かう。

 資料室のドアを開けると坂本先生がいた。

 坂本先生は、若い先生で女子に人気なの。


 イケメンの大人の男性って高校生の女子には格好良く見えるよね。

 私は例外だけどね。


「これを持って行ってくれるか?」

「は~い。ちょっと重い」

「すぐそこだから頼むよ」


 先生と二人で教室へ向かう。

 しかし、重い。

 汗が少し滲む。


「俺が持つよ」


 そして、私の荷物を軽々と持ち上げた。

 顔を見なくても分かる。

 キョウヤだって。


「キョウヤ? どうして来たの?」

「女子が男の先生と二人っていうのは危ないからだよ」


 先生がキョウヤの言葉を聞いて、俺は悪者かよと言って笑った。



 それから昼休みになった。

 キョウヤと二人でお弁当を食べる。


「いい加減、ウメの理想の人を教えてくれよ」

「私だって教えたいのに、私が言おうとすると邪魔が入るのよ」

「それなら、先生も来ないし、後輩も来ない、ウメも忘れていることはないし、大丈夫。ほらっ、今言って」

「私の理想の人は、、、」


「ウメ~」


 邪魔が入った。

 なんなのよ。

 私、言っちゃいけないの?


「どうしたのリンちゃん」


 私の大親友のリンちゃん。

 黙って大人しくしていれば可愛いのに、好き嫌いが激しいから、嫌いな人には口が悪くなるところがあるから勿体無い。

 私はそんなリンちゃんが好きだけどね。


「ウメ~、私、もうダメかも」

「何? もしかして、またコウ君?」

「そう。アイツ、私のタコさんウインナーを食べたの。私が大事に最後まで残していたのに」


 リンちゃんは泣く真似をしながら私に助けを求める。

 コウ君とは、リンちゃんの幼馴染みで恋人でもある。


「それなら私のあげるよ」


 私はリンちゃんの目の前にタコさんウインナーを差し出す。

 リンちゃんはパクッと食べて嬉しそう。


「ウメの作ったタコさんウインナーは美味しいね」

「作ったって言うか、焼いたやつだよ」

「焼いても、心が込もっているから作ったでいいの」


 リンちゃんは可愛く笑った。

 リンちゃん大好きだよ。


「ねぇ、ウメ」

「何? リンちゃん」

「ウメとキョウヤ君はいつになったら恋人になるの?」

「えっ、リンちゃん? 何を言ってるの?」


 リンちゃんが爆弾発現をした。

 キョウヤは、ご飯が喉に詰まったようで咳込んでいる。


「だって、ウメの理想の人にぴったりだよ?」

「えっ、ウメの理想の人って俺なの?」


 キョウヤは驚いていたけど、私も驚いた。

 だって全然違うもん。

 私の理想の人はキョウヤじゃないもん。


 私の理想の人は、私が小さい頃に出会った同じ歳くらいの、お人形さんみたいなボブくらいの髪型の女の子。

 女の子なのに男の子みたいな言葉遣いで、服装も男の子みたいだった。


 でも本当に、お人形さんみたいに可愛い女の子に私は目も心も奪われた。

 私はずっとあの女の子を探している。


 あの女の子に会いたい。

 会って、自分の気持ちを確かめたい。


「私の理想の人は、キョウヤじゃないし、男の子じゃないの」


 私の言葉に、キョウヤは固まった。


「えっ、俺と全然違うじゃん」


 キョウヤはがっかりした顔で言う。

 

「でも、キョウヤ君もお人形さんみたいな顔だよ? ほらっ、私の髪をキョウヤ君の頭に乗せると、女の子だよ?」


 リンちゃんはキョウヤの頭に自分の長いサラサラした髪を乗せる。

 不自然すぎて笑ってしまう。


「リンちゃん、それは無理あるよ」


 私は笑い過ぎてお腹が痛くなった。

 あり得ないよ。

 あの女の子がキョウヤなんて。


 あり得ない、、、。



「部活、行かないの?」


 放課後になり、私は窓の外を見ながらキョウヤに言った。


「ん? 今日は、行かない」

「でも、みんながキョウヤを待ってるよ?」

「俺、部活は入ってないし、俺がいなくてもそれぞれの部活で出来るよ」

「キョウヤは、どこの部活に行っても救世主扱いだもんね」


 キョウヤは運動神経抜群だ。

 何をさせても完璧なの。

 そんなキョウヤを、どの部活の人達も欲しがるよね。


「キョウヤ」

「何?」

「どうして私なの?」

「何が?」

「友達になってくれたのはどうしてなの?」


 キョウヤは考えることなく、すぐに答えた。


「ウメが俺を救ってくれたからだよ」

「私が?」

「あの日、ウメが俺の殻を破ってくれた。周りの人の理想になろうとしていた俺は無理をしてた。それをウメはバカじゃんって言って俺に気付かせてくれたんだ」

「バカって言われた相手を友達にする?」

「俺はする。ウメだから友達になったんだ」


 キョウヤは優しい。

 それはずっと変わらない。

 入学当初は今と違って、周りの目を気にしながら、目立たないようにしていた。


 今は、表情も豊かになったし、私が悪口を言われると一緒に怒ってくれる。

 誰の目も気にしない。

 のびのびと毎日を過ごしている。


「一緒に公園に行ってみる?」

「公園?」

「私とあの女の子が出会った公園だよ」

「行く!」


 キョウヤは嬉しそうに子どものように返事をした。



「この坂を登って、ほらっ、ここだよ」


 私とキョウヤは公園へ到着した。

 懐かしい風景。

 キョウヤを見ると驚いた顔をしている。


「キョウヤ?」

「俺もここ、来たことがあるよ」

「そうなの? でもキョウヤって、遠くから引っ越して来たんだよね?」

「うん。でも何度かこの街には来たことはあるよ」

「そうなんだ。あっ、あのブランコでどっちが高いか競争したなぁ」


 私はブランコに乗る。

 懐かしくて嬉しくなる。

 ゆっくり動かしてあの日を思い出す。


 あの女の子が楽しいねって笑って言う。

 可愛い笑顔に目が離せなかった。


「楽しいね」

「えっ」


 キョウヤが、ブランコに乗りながら私に向かって笑った。

 あの日の女の子の笑顔がキョウヤと重なる。


 キョウヤなんかじゃない。

 あの女の子は男の子なんかじゃない、、、はず。


「ウメ?」

「キョウヤ、今日は帰ろう」

「えっ、もう? 楽しいのに」

「いいから、帰ろう」


 私は急いで公園を出る。

 キョウヤは不思議そうに私を見ていた。

 でも何も訊かない。


 そのままそれぞれの家へ帰る。

 私は今日のことを考えた。

 あの女の子とキョウヤが同じ人にしか見えない。


 お人形さんみたいな顔で、笑うと右の頬にエクボが出来る。

 何度考えても私の理想の人はキョウヤと結論が出る。


 どうしよう。

 私、キョウヤが、、、好き、、、。


 でも、キョウヤは友達で、私がキョウヤを友達として見ているから一緒にいるだけで、もし好きだなんて言ったら、離れていく。


 それは嫌。

 キョウヤと一緒に居て、楽しくて、壊したくない、、、今の関係を。



「ウメ、昨日はどうしたんだよ?」

「えっ、あっ、うん、何でもないよ」


 次の日、学校へ行くとキョウヤが話しかけてきた。

 いつも通りにしたいのに、意識してしまって話せない。


「ウメ?」

「あっ、リンちゃんに呼ばれてたんだった」


 私はそう言ってリンちゃんの席へ向かう。

 キョウヤの悲しそうな顔を見ると心が痛む。

 今だけ、少しだけでいいから忘れる時間を頂戴。


「リンちゃん、どうしよう」

「ウメ? 何? どうしたの?」


 リンちゃんは焦って落ち着きがない。


「私、理想の人を見つけたの」

「えっ、本当に? いたの?」

「うん。キョウヤだよ」

「ウソ~。だって違うって言ってたじゃない?」

「違うと思ってたの。でも、昨日、完全に理想の人を思い出して、隣にいたキョウヤがその面影と重なったのよ」

「キョウヤ君は何て言ったの?」

「訊いてない。訊けないよ。どうしよう」

「そんなの好きって言えばいいでしょう?」


 リンちゃんがズバッと正論を言う。


「でも、友達じゃなくなっちゃうよ」

「ウメは友達のままがいいの?」

「嫌だ。でも、嫌われたら嫌だし、、、」

「みんなそうだよ。嫌われたくないよ。でも、そんなこと言ってたら、ずっとこのままだよ? そしてキョウヤ君には好きな人ができて、、、」

「そんなこと言わないでよ」

「じゃあ、好きだって言ってきなさい!」


 リンちゃんは私の背中をポンッと叩いて気合いを入れてくれた。 

 そして私はキョウヤの元へ戻る。

 正しく言えば、キョウヤの隣の席の自分の席へ戻る。



 社会の授業が始まる。

 坂本先生の授業。

 私はその授業中にノートを破り、その切れ端に『好き』と書いた。


 キョウヤに渡したけれど、キョウヤの反応が恐くて、黒板をずっと見ていた。

 坂本先生が黒板に字を書いていて、その手をずっと見ていた。


 しばらくすると、ノートの切れ端の返事がきた。

 私は恐る恐る見ると、『そう』とだけ書いてあった。


 どういう意味?

 分からなくてキョウヤを見る。

 なんだか不機嫌そうに、私を見ている。


 私、嫌われた?

 どうしよう。

 言わなきゃよかった。


 どうしよう。

 泣いちゃう。


「先生、ウメがお腹痛いみたいだから、保健室に連れて行きます」

「そうか? 分かった。無理するなよ」


 私はキョウヤに手を引かれて教室を出る。

 女子達が何か言ってたけど、それどころではない。


 泣かないように我慢をするので精一杯。

 大きくてあったかいキョウヤの手が私の心を締め付ける。


 泣かない。

 絶対泣かない。

 迷惑かけないから。


 キョウヤは保健室へ行くことなく、空き教室へ私を入れた。

 二人きりの教室は静かでキョウヤが何を考えているのか分からない。


「いいよ、泣いても」


 その言葉で私の目から涙が溢れる。

 キョウヤの手と私の手は繋がれたまま。


「俺だったら、泣かせない」

「えっ」

「俺だったら、ウメをずっと守るのに」


 何を言ってるの?

 意味が分からない。


「もう、無理だ」


 キョウヤはそう言うと、私を引き寄せ抱き締めた。

 何が起こったのか分からない。


「こんなウメを見たくない。笑っているウメしか見たくない。何ができる? ウメが笑うためには俺に何ができるんだよ?」


 どうしてそんなに苦しそうに言うの?

 嫌なんでしょう?

 私に好かれるのが嫌なんでしょう?


「やめて、優しくしないで」


 私はキョウヤの腕の中から抜け出す。


「ウメ?」

「私はキョウヤに優しくされたくない。これ以上、私を傷つけないでよ」

「ウメ? それは俺の台詞だよ。今まで、どれだけウメを守ってきたと思ってんだよ。どれだけウメとの時間を大切にしてきたと思ってんだよ」

「え? 意味が分かんない」


 何でキョウヤが怒ってんの?


「俺は、ウメを手離したくない。ずっと俺の隣で笑っていてほしい。あんな年上の男に騙されるな」

「ん? 年上の男?」


 涙なんて止まるほど、私は疑問でいっぱい。


「坂本が好きなんだろう?」

「はぁ? 何で坂本先生なの?」

「だって、さっき、手紙で好きって書いてたじゃん」

「それ、違うよ。私はキョウヤが好きっていう意味で書いたのよ」

「えっ、俺? でも、坂本をずっと見てたじゃん」

「だってそれは、キョウヤがどんな反応をするのか見るのが恐くて」

「なら、いいよね」


 キョウヤはそう言うと私を抱き締めた。


「キョウヤ?」

「本当に焦ったんだ。ウメが誰かに取られるって」

「焦って、私を抱き締めたの?」

「うん。傍で守るだけじゃダメなら、抱き締めて離さなければいいんだって思ったんだよ」

「それはキョウヤだから許されるのよ?」

「えっ」

「キョウヤだから、私の理想の人だから、私の大好きな人だから、許されるのよ」

「じゃあ、これからは遠慮なく、そうさせてもらうよ」


 キョウヤは、いたずらっ子のような顔で私に言った。


「あの日の女の子みたいなキョウヤはどこに行ったの?」

「あれは、俺の黒歴史。母親に髪をカットされて、あんな髪型になって、黒歴史だから忘れていたのに、ウメが思い出させたんだよ。ちゃんと責任とってよ」

「責任って何よ?」

「俺を男として見てよ」


 照れながらキョウヤは言う。

 可愛いなぁ。

 まだまだ男としては半人前ね。


「照れてるキョウヤも可愛い」


 私はキョウヤをからかう。


「だから男として見ろよ」

「教室に戻ろうか。保健室にも行ってないし、先生にバレたら怒られちゃう」

「あっ、話題変えたな?」


 私はキョウヤに背を向けて空き教室のドアに近付き、ドアを開ける前に振り向く。


「キョウヤは格好いいよ。私を守ってくれる王子様」

お読みいただき、誠にありがとうございます。

楽しくお読みいただけましたら執筆の励みになります。

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