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決闘

「森の奥に泉があって、そこにいつもいる。昨日と今日はいないけど、明日には戻るって言ってた」

「泉……? 森に泉なんてあったか?」

 ウバーも森へは良く出かけていたが、泉など見たことはないという。ダジリンも同じだった。

「あたしやウバーが気づかなかっただけかな? カーネルさんは見たことないんですか?」

「……泉があることは知ってる」

 知ってはいるが、見たことは無い、という意味だろうか。それ以上は語ってくれそうにないのは、雰囲気で分かった。

「泉の存在は置いておくとして、おれが気になったのは――いや、あの日からずっと気になっていたんだが、アッサムはなんで無事なんだ?」

 アッサムの身体を観察する限り、傷ひとつない。ウバーは、耳と目で得た情報の中に、奇妙な点があるのを見抜いていた。

「さっきの口ぶりだと、魔王に会ったのは一度や二度じゃなく、それこそ毎日のように戦ってたんだろう? それにしては、傷ひとつ残ってない。どう見ても手加減されている。魔王にとって、人間にそんなことをする価値はないはずだろう」

「それは……僕にも分からない。僕はあいつを殺すつもりで戦ってるのに、あいつはデコピンだけで追い払うんだ。すごく痛いけど、それだけ」

「で、デコピン……。痛そうね」

 実際にされたわけではないのに、ダジリンはおでこを押さえてしかめっ面をした。

「もうひとつ。なんで魔王と普通に会話してるんだ」

 明日には戻る――。魔王がそう言ったということは、魔王と会話をしているということ。魔王とはいえ、魔物。魔物が人間の言葉を理解し、会話をするなど、ウバーは聞いたことがなかった。

「魔王ともなりゃ、それくらいの芸当はできるさ」

 しばらく口を閉じていたカーネルが、会話に加わった。チュートリアルに失敗したあの日と同じ、深刻そうな表情をしていた。

「カーネルさん、何か知ってるんですか?」

「……」

 ウバーの問いへの回答は、沈黙で返された。それきり、しばらく誰も喋らず、せっかくの再会の場が重苦しい空気に支配されてしまった。

「ねえ、アッサム。明日も泉に行くの?」

 良くも悪くもマイペースなダジリンによって、沈黙は破られた。会話の論点にとらわれ、話すに話せなくなっていた男たち三人は、ほっと息を吐く。

「ああ、行く。もし明日戻ってきたら、たぶん疲れ切ってるだろうから、自分を殺すなら、その時がチャンスだって言ってたんだ。それと、もしかしたら死ぬかもしれないから、明日来なかったら、死んだと思えって」

「……? どういうことだ。それじゃ、まるで遺言みたいだ。しかも、生きて帰ってきたら、アッサムに殺してほしいと言っているようなものじゃないか」

「言われてみれば、そんな気がしてくるわね。三日かけて、どこか危険な場所にお出かけしてるのかな」

「あの規格外の魔王が、そう簡単に死ぬとは思えないけどなあ」

「……」

 話し込む幼馴染三人は、カーネルの目がアッサムに向けられていたことに気づかなかった。アッサム達は、いろいろ意見を出し合ったが、結局のところ、魔王の真意は魔王にしか分からない。これ以上議論しても、推察以上のことはできやしない。

 魔王が言った三日目――明日を待てば、結果は分かるのだから、とのウバーの発言で、この話は一旦終わりになった。しかし、アッサムが予想もしていなかった提案をされる。

「なあ、アッサム。明日、おれも一緒に行っていいか?」

「え……? 魔王のところに?」

「ああ。アッサム贔屓(ひいき)の魔王がどんなやつか気になるし、やばくなったら助太刀できるしな。もちろん、アッサムが試練達成できそうなら、邪魔はしない。もしものためだ」

「いや、そんな簡単に……。魔王は魔王だよ?」

「えー、ウバーが行くなら、あたしも行くー!」

 なんと、ダジリンまで乗ってきた。いくらデコピンしかしてこないような魔王でも、危険がゼロというわけではない。アッサムとしては、二人の申し出を素直に受け入れるわけにはいかなかった。

「危険だよ、二人とも。これは僕の試練で、二人を巻き込みたくはないんだ」

 これはアッサムのチュートリアル、アッサムに課された試練だ。たまたま――で片づけるには不運すぎるが――最初に出会ったのが魔王というだけで、そのせいでクリアまで時間がかかっているだけで、まだ諦めてはいない。現在進行形で挑戦中なのだ。

 もちろん、幼馴染二人も、そんなアッサムの熱意は承知している。久しぶりに会って、近況を知り、当時と変わらない心の奥底にたぎる炎を感じた。だからこそ。

「じゃあ、おれと勝負しよう。アッサムが勝ったら、おれ達は残る。おれが勝ったら、ついていかせてもらう。これでどうだ」

「……わかった」

「村の外で待ってる。準備ができたら、来てくれ。カーネルさん、木刀を借りていきます」

「ああ、好きにしろ」

 ウバーは壁に掛けられた木刀の一本を手に取り、出て行った。それを見送ってから寸時の間を置き、アッサムも木刀を片手に村の外へ向かう。

「アッサム、頑張ってね」

 のんびりした、悪意の欠片もない、それ故に聞く者の肩の力が抜けていくダジリンの応援。アッサムが勝てば、ダジリンは留守番することになるのだが、そこまでは考えていないのだろう。真剣勝負の前だというのに、アッサムは苦笑を堪えることができなかった。


 村の外。観客の一人すらいない決闘の時間が、まもなく訪れようとしていた。ウバーとアッサムが、二年の時を超えて対峙する。

「僕は、一度も君に勝ったことがなかった。それでも、君が旅に出てからも、魔王と闘いながら腕を磨いてきたんだ。今日は、負けないよ」

「腕を磨いてきたのは、おれも同じだ。肩書なんてものは、他人から評価や賞賛されたい奴が鼻を高くするために好んで持つものだと思っている。それでも、剣士という職業に恥じない生き方をしてきたつもりだ。勝つのは、おれだ」

 ウバーがローブを脱いで、地面に落とした。ローブ越しでも分かった筋肉は、実際に見るとさらに逞しく感じられた。謹厳実直(きんげんじっちょく)な彼の性格が、その身体にも表れていた。

「さあ、やろう。アッサム」

 斜めに一振りして空気を切り裂くと、ウバーは半身をずらし、木刀を自分の目の位置で水平に構えた。その切っ先は、アッサムに向けられている。攻防一体の構えで、アッサムにとっては、ウバーがどう攻めてくるのか動きを読みにくい。

 対して、アッサムは柄頭を自分のへそ下に、切っ先をウバーの目に向ける構えを取った。切っ先を向けられている以上、相手は不用意に切り込んでくることができない。攻撃の型のようでありながら、防御の型だ。

 子供の頃のチャンバラとは違う、それぞれの成長を経て向かい合う真剣勝負。観客は傾いた太陽だけ。二人の視線がぶつかり、同時に動き出した。


 決着がついたのは、ゆうに一時間を超えた頃だった。太陽も長い戦いに飽きたのか、地平線の向こうに帰ってしまった。最後に会った魔王が見上げた空が、もうすぐやってくる。

「ただいま帰りました」

 村長宅のドアが開き、二人の少年が戻ってきた。

「おかえり」

 ダジリンが優しく出迎えてくれる。帰還を知らせた彼に抱えられて気を失っている、もう一人の幼馴染に向けて、ダジリンは回復術をかける。

「今まで待っててくれたんだな」

「もちろん。だって、二人が怪我をしたら、手当するのはあたしの役目だもん」

 意識を失った少年をソファーに寝かせた後は、もう一方の彼に回復術をかける。こちらも、無傷というわけにはいかなかったようだ。

「悪いな」

「いいの。明日は魔王に会いに行くっていうのに、怪我したままじゃダメでしょ」

 寝息を立てるソファーの上の彼に、カーネルが毛布を掛ける。その寝顔を見ながら、優しく頭を撫でた。

「こいつはこのまま俺が預かる。明日、迎えに来てやってくれ」

「分かりました。おれ達は、自分の家に帰ります」

「ああ。久々に戻ったんだ、両親に元気な姿を見せて、安心させてやれ」

 頷いた二人は、それぞれの家に向かっていった。



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