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再会

 翌日、アッサムは森の奥の泉へと出かけた。

 ――あんなことを言っておいて、本当はきっと僕に来てほしくなかっただけだ。落とし穴でも掘って、僕が引っかかるのを面白がるつもりなんだ。三日かけて、穴を掘るつもりなんだ。

 もちろん、本当にそんなことをすると思っていたわけではない。そうとでも思わないと、胸の奥でざわめく、不安に似た胸騒ぎを押し込めることができなかった。


 泉に到着した。彼女は、いなかった。近くに寄って、体育座りする。彼女は待てとは言ったが、村で待てとは言わなかった。ここで待っていても、それはアッサムの勝手だ。

――あら、あれほど言ったのに、性懲りもなく、また来たのね。少しは腕を上げたのかしら?

 彼女の虚像が鼻を鳴らす。彼女がよく()()()いた水面が、いつにも増して静かだ。鳥のような声、ウルフのような声。魔王に慌ただしく挑むだけだった三年の間に気づかなかった森の息吹が、よく聞こえる。

 夜が更けるまで待っても、彼女は姿を現さなかった。


 翌日も、泉に来た。やはり彼女はいなかった。泉に手をかざして呪文を唱える彼女の姿が思い浮かぶ。剣を向けるばかりで、考えもしなかった。彼女は、この泉で何をしていたのだろう。

 泉に手を向けてみる。ぶつぶつと、呪文っぽい言葉を出してみる。

 ――何も起きなかった。魔法の心得などまるでないアッサムの適当な独り言に、泉は何も答えない。分からないことがひとつ増えただけだった。


 空が赤みがかってきた頃、アッサムは立ち上がり、その場を後にした。彼女は、アッサムを赤子の手をひねるようにあっさりと返り討ちにして追い払うし、(しゃく)に障ることも言う。だが、嘘を言ったことはない。デコピン以上の、大けがをするような攻撃をしてきたことはない。

 人間である自分を、魔王である彼女が殺そうとしてきたことはない――。

 それなら、彼女の宣言通り、今日も来ないのだ。明日こそ、決着をつけてやろう。遭遇した魔物を切り伏せ、手に入れた素材を村への手土産に、その日は帰路についた。


「おーい、アッサム! 早く戻れ!」

 村の入口へ戻ると、村の子――ルギリがアッサムに両手を振っていた。帰りを出迎えてくれたことなど、これまで一度もない。何かあったのだろうか。一抹の不安を感じ、駆け足で村に入った。

「どうしたんだよ、ルギリ?」

「急いで村長の家に行け! 早く!」

 尋常ではない素振りをされ、持っていた手土産を放り投げて、アッサムは村長宅を目指した。まさか、村長に何かあったのか――? 薪に足を引っかけて転びそうになり、村人にぶつかりそうになり、肥溜めに落ちそうになりながら、必死に足を動かした。

「カーネルさん!」

 勢いよくドアを開けて、村長の家に入る。当の本人は、客人――フード被ったローブ姿の二人組――とにこやかに談笑していた。倒れてもいないし、怪我をしてもいない。

「おいおい。ウチのドアを壊す気か、アッサム」

「か、カーネルさん、何ともないの?」

「ん? 何がだ?」

「いや、だって……ルギリが凄い慌てた様子で、ここに行けって僕に言ったから」

 村長は腑に落ちたという表情で頷いた。

「それで、俺に何かあったんじゃないかと思ったわけだ」

「う、うん……」

「ははは、俺は何ともないよ。アッサムに早く来てもらいたかったのは事実だがな」

「まったく……相変わらずだな、アッサムは」

 ローブの一人が、アッサムの名を口にした。驚いて、今更ながら客人の方に顔をやる。会話に混ざった男は、ようやくローブのフードを下ろした。その顔は、記憶の中にあるある人物の面影を強く感じるものだった。

「もしかして……ウバーか」

「もしかしなくても、おれだよ」

「じゃあ、そっちは……」

 もう一人のローブは立ち上がり、こちらもフードを下ろした。

「アッサム、久しぶりね」

「ダジリン!」

 二年前に旅に出た幼馴染の二人だった。ウバーは記憶の中の彼よりもさらに体格が良くなり、ローブ越しでも筋肉質なのが分かる。一方のダジリンは、小柄なのは相変わらずだが、チュートリアルの時のようにローブが足元まで届くような状態ではなく、様になっていた。

「二人とも、戻ってたのか!」

「つい、さっきな。カーネルさんに挨拶がてら、ここでアッサムを待たせてもらうことにしたんだ。アッサムに知らせて連れてくる役を、ルギリが買って出てくれてな」

 カーネルが含み笑いしながら、アッサムを――正確には、その先に居る人物を指さした。

「で、お前はまんまと勘違いさせられたわけだな」

「そういうこと」

 振り向くと、アッサムの後ろにルギリがいた。

「アッサムが捨てた魔物の素材、手間賃代わりに貰っておくぞ」

「あ、こら!」

 アッサムの手を躱し、あっという間に逃げ去っていった。

「あの野郎……今度会ったら覚えておけよ」

「アッサムは変わらないね。優しいままだね」

 垂れ目を細くして笑顔を向けてくる。そんなダジリンの前でこれ以上悪態をつくわけにもいかず、頭を掻いて二人に向き直った。

「お帰り、二人とも」

「ああ、ただいま」

「ただいま。ウバーとアッサムに久しぶりに会えて、嬉しいな」

 二年の間の冒険と修行で、すっかり剣士と魔法使いとしての風格が漂うようになっていた。そんな二人に比べ、アッサムは自分の時間が止まってしまったような疎外感を抱いた。しかし、その感情は胸に仕舞い、二人の帰還を心から喜んだ。

「アッサムは村の周りの魔物を退治していたの?」

「ああ……まあ、そんなところ」

「アッサムが魔物退治をしてくれるお陰で助かるって、村のみんなが言ってたよ。村への危険を退けられるし、魔物から取れる素材で服や道具を作れるし、アッサム様様だってさ。お前、すっかり村の用心棒じゃないか」

「ま、まあ、僕もご飯食べるためには、何かしないといけないし」

 魔王に毎日挑み続けては負ける生活を続け、ついでに道中の魔物を狩っているとは、言い出せない。それに、ご飯を食べるために手に入れた素材は、さっきルギリに持っていかれてしまったのだが……。カーネルは、三人の会話を、彼らが幼かった頃を懐かしむように、黙って聞いていた。

「二人は、いつまで村にいられるの?」

「おれは明後日には発つよ」

「わたしはしばらくゆっくりしてきていいよ、って言ってもらえたんだあ。だから、一年くらいいられるのかな」

「いや、それはゆっくりってレベルじゃないぞ」

 男三人が同時にツッコミを入れた。ダジリンのおっとりマイペースな性格も、相変わらずのようだ。

「久しぶりに仲間が帰ってきてくれて、よかったな、アッサム。俺も、お前たちが無事で帰って来てくれて嬉しいよ。どうだアッサム、ウバーに稽古つけてもらうのは? 魔王を倒すのに、なにかヒントを得られるかもしれないぞ」

 カーネルが爆弾を落としてくれた。ウバーもダジリンも驚愕し、その視線がアッサムに集中する。隠したいわけではないが、心配させまいと思っていた気遣いが、ぶち壊しになった。

「アッサム……お前、いまでも諦めてないのか?」

 頭ひとつ分だった身長差が、さらに開いてしまったウバーに見下ろされ、委縮して頷いた。

「そうか……」

「魔王さん、いまも森にいるの?」

 魔物に()()付けのダジリンが、興味津々といった様子で訊いてくる。そういえば、カーネルやウバー達に、あの日のことは話したが、同行してもらったことはなかった。一人で挑むのが、チュートリアルのルールだから。



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