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魔王の弱点は、魔王に訊こう

「カーネルさん、敵を一瞬で消し炭にできる技を教えてくれ!」

「魔王にでもなるのかお前は」

 敗戦回数に、さらに30プラスオンして帰ってきたアッサムが、そこかしこに(こぶ)をつくって村長の元を訪ねた際の会話がこれである。

「技じゃなくて、アイテムでもいい」

「殺戮兵器でも探してるのか。仮にそんなモンがあったら、国の管理下にあるに決まってるだろうが」

 チュートリアルに攻撃アイテムは禁止だと説明されたのに、堂々と破る気でいる。恥もへったくれもない。

 試練成功の条件は、初めて出会った個体と同じ種族の魔物を倒すこと。だが、もしその種族がチュートリアル中に絶滅してしまった場合は、探しても永遠に見つかることはなくなってしまう。この世界にどれだけの個体が存在するのか分からないザコ敵ならまだしも、魔王という唯一無二の存在がいなくなってしまえば、チュートリアルの戦闘対象を変えざるを得ない。

 アイテム使用で魔王討伐の戦闘が無効になったとて、試練の対象が変われば、チュートリアルをやり直せる。この三年で、アッサムは、身体と、屁理屈交じりの()()()的な思考回路を成長させたのだった。変な方向に育っていく村の子を残念に思いながら、木刀を投げ渡す。

「俺と勝負してみろ。今のお前がどれくらいの実力なのか、見てやる」

 還暦間近で、現役の頃よりは衰えたとはいえ、腰は曲がっていないし、筋肉も落ちていない。向かい合った時の覇気は、中年とは思えない迫力だ。

 カーネルから最後に稽古を受けたのは、12歳になる前の日だ。チュートリアル前の最終調整の意味もあったが、自信をもって試練に臨めるよう、気合を入れてくれたのだ。あの時とは比べ物にならない圧に、背筋がぞくりとするのを感じながら、アッサムは構えた。だがアッサムも、この三年の間ただ負け続けただけではない。鍛錬と実践を繰り返し、剣の腕を磨いてきたのだ。

 カーネルが瞬きをした一瞬の間に、一気に接近して横一文字に斬りかかった。

 受け止められた。だが、相手がカーネルなら当然のこと。想定内だった。アッサムは間髪おかずに、袈裟斬り、唐竹割り、突きを繰り出す。そのすべてが弾かれた。

「もっと飯食え」

 気づいたときには、地面に伏していた。現実を追いかけてくるように、右の頬と、切れた口内が痛んでくる。四つん這いに起き上がると、口元から血が垂れた。左の拳を突き出したカーネルが、そのままの格好でアッサムを見下ろす。

「俺にすら一分持たない程度で、魔王に勝つなんて無理なんだ。――諦めるんだ」

 諦めろと言われて断念する程度なら、三年も粘っていない。多少のずるをしてでも試練を乗り越えたいのは、父との約束を守りたいという一心だった。いつまでもチュートリアルに(こだわ)るアッサムから理由を聞いた村人は、口々に言った。そんな汚いやり方で試練を乗り越えても、父親は喜ばないだろう、と。

 ――そんなの、分かるわけないじゃないか。父さんは、もう死んでしまったんだから。

 死人に口なし、どんな意見も感想も、声も、もう聞くことはできないのだ。魔王を倒さないとクリアできないというなら、魔王を倒すまでだ。とはいえ。

「カーネルさんの言うことも尤もだ。単純な力比べじゃ、魔王には勝てない」

 せめて弱点でも分かれば、対処のしようもある。しかし、村の大人たちにいくら訊いても「知らない」という返事しか来なかった。頼みのカーネルも、こればかりは本当に知らないようで、勝ちたければ実力を上げるしかないと言われた。アッサムに意地悪して嘘を言っているわけではなく、誰も把握できていないのだ。

 少し考えればわかること。魔王の弱点が明るみに出ているなら、世界中の剣士や魔法使いがその首を狙って押し寄せるはず。そうしないのは、誰も弱点が分からないからだ。ここでアッサムは思った。誰も弱点知らない、というのは、弱点が無い、ということと同じではないと。つまり、知らないだけで、弱点はあるのではないか。もしその情報を手に入れられれば、勝機はあるのではないか。

 アッサムの行動は早かった。四つん這いから復活すると、鉄の剣を持って走り出した。

「お、おい! どこへ行くんだ、アッサム!」

 村長の声を無視し、村を出て、森へ走った。一度も立ち止まらず、いつもの場所、泉まで一気に駆けた。いつものように、魔王はいた。泉の傍、草の絨毯の上で、横座りしていた。


「あら、また来たのね。今日はもう終わりかと思っていたわ」

 視線すら向けずに、空を仰いでいた。遠い昔を思い返すような仕草――。アッサムは首を振って余計な思考を飛散させた。息を整えながら歩み寄り、二つの角を頂く彼女の傍に座った。

「てっきり、剣を振ってくるかと思ったわ。今回は随分紳士的なのね」

「お前を倒すのは今度だ。それより、聞きたいことがある。」

「あら、何かしら」

「お前の弱点を教えろ」

 高速デコピンが飛んできた。

「一瞬でも紳士的だと思ったアタシが馬鹿だったわ」

「敵の弱点を狙うのは当然だろっ! 魔王の弱点を誰も知らないから、本人に訊いただけじゃないか!」

「その計画に露程も不安を感じなかったのなら、剣だけ振ることをおすすめするわ」

 アッサムは危害を加えるつもりは無かったというのに、一方的に急襲された挙句、お説教までされてしまった。これだから魔物は……と内心で毒づくのだった。

「アンタは、なんでそんなにアタシに(こだわ)るのよ。この森の魔物程度なら、アンタの敵じゃないはずでしょ」

 魔王の言う通り、アッサムは村の周りの魔物など全力の一割も出さずに勝てる位になっていた。魔物退治や、退治した魔物から取れる皮などの素材を持ち帰って生計を立てているのだから。

 相手が魔王だから負け続けているだけで、決して弱いというわけではなかった。

「別に、お前に拘ってるわけじゃない。僕は剣士になりたい。そのためには、お前を倒さないといけない。それだけだ」

「なんで剣士になりたいのよ。そんな称号が無くても、魔物と闘うだけなら支障はないじゃない」

「そんなこと、お前に関係ないだろ!」

「あらそう。それなら、弱点なんて教える義理ないわね」

 ぐっと詰まったが、それはつまり、理由を話せば弱点を教えてくれるという意味で、もっと言えば、弱点があると認めたということ。相手が魔王だろうと、使える相手なら取引に応じよう。

「死んだ父さんに言われたんだ。強く生きろって。だから、僕は剣士になって、強くなったぞ、だから心配するなって、言いたいんだ」

「……そう」

「べ、別に同情させて手加減してもらおうなんて考えてないからな!」

「本当に残念な子だわ、アンタ」

 鼻を摘まんで引っ張られ、「んがががが」という変な声を漏らして距離を取った。涙目になりながら、鼻を潰そうとした魔物を睨む。

「痛いな! ちゃんと理由を話したんだから、約束通り弱点を話してもらうぞ!」

「いや、アンタと何の約束もしてないけど。……アンタは魔物との契約なんて絶対にしない方がいいわ。魔物にいいように騙されて終わるわ」

「だ、誰が魔物と契約なんてするか! 魔物に父さんを殺されたんだ!」

「……」

「剣士になって、僕みたいに親を殺される子供が出ないように、魔物を一匹でも多く退治してやる。お前も絶対に倒す!」

「期待してるわ」

「僕はこんなところで止まってられない。幼馴染たちは、もうチュートリアルをクリアして、立派に剣士と魔法使いになって、村を旅立っていった。僕だけ、取り残されたままじゃ終われないんだ」

「その意気込みに、実力が追い付いてくればいいんだけどね」

「う、うるさい!」

 痛いところを突かれた。倒したいと思うなら、倒せば良いだけなのだ。アッサムに実力があれば、言葉を交わす必要もなく切り伏せられる。いま魔王と対峙しているのは、倒したいからではなく、倒すために弱点を教えてもらうため、という、なんとも情けない理由からだ。すなわち、実力不足を自分で認めているようなものだった。

「まあ、自惚(うぬぼ)れずに身の程を知っている点だけは、評価するわ」

 魔王は、再び天を仰いだ。群青色の空に、まばゆい星たちが自己主張するかのように光の強弱をつけている。不意に左手を伸ばしたかと思うと、アッサムの右頬――カーネルに殴られて腫れた部分に触れた。人間と変わらない温もりを感じた後、あたたかな光が覆い、それが収まる頃には、アッサムの頬は元通りになっていた。

「な、何を――」

「アタシは、明日はここには居ないわ。場合によっては、ずっと」

 アッサムの発言を遮ってなされた魔王からの突然の告白に、アッサムは肝をつぶした。視線は、合わない。

「だけど……もし戻って来れたら、三日後の晩に戻る。その時には、アタシは疲労困憊しているだろうから、アタシを倒したいなら、そこを狙うことね」

 彼女は立ち上がり、俯いた。暗くて、顔はよく見えない。

「お、おい」

「アンタは三日待てばいい。三日待ってアタシが来なければ、アタシは死んだものと思いなさい。それまで、大人しく待っていることね。アンタにとっては、どこかでアタシが野垂れ死んでいたほうが果報でしょうけど」

「どういうことだよ……」

「いま言った通りよ。アンタができることは、待つことだけ。その間に、鍛錬するなり強力な武器を用意するなりして、アタシを倒す準備でもしておくのね」

 アッサムが伸ばした手が彼女を掴むことは叶わず、魔王は闇に溶けて消えていった。今はもう何もない空間に伸ばした手の先には、深く黒い森の闇しかない。

「なんだっていうんだよ……」

 普段の自信に満ちた高飛車な彼女からは想像もつかないくらいに柔弱(にゅうじゃく)で、聞きなれた声を別人が発しているようにすら思えた。

 結局、彼女は一度もアッサムと視線を合わせることはなかった。


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