表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/19

魔王との出会い

 三人は、森の入口まで一緒に行動し、そこで分かれた。大人たちの気配を背後に感じるものの、ここから先は一人で対処しないといけない。味わったことのない緊張感のせいで、心臓が自分のものではないように暴れ回っていた。

 ――僕はできる。僕はできる。カーネルさんみたいになって、魔王を倒すんだ。

 深呼吸をして、はるか先のゴールを思い出す。スタート地点に立つための試練だ。ここで止まってはいられない。黒い地面を踏みつけ、前に進んだ。

 離れたところから、「はあっ!」という声が聞こえた。あれは、ウバーだ。魔物との初戦闘が始まったのだ。闘気がこちらまで伝わってくるようだった。それはつまり、近くに魔物がいるということ。アッサムも、もう何かと出逢ってもおかしくない。

 ――僕はできる。僕はできる。

 心が折れたら負けだ。自分で自分におまじないをかけ、せわしなく目を動かす。微かな音も聞き逃してはならない。

 ウバーの戦闘音はもう聞こえない。きっと、決着がついたのだ。勝ったにせよ負けたにせよ、大人が近くで様子を見ているのだから、命に関わるようなことにはなっていないはず。……いや、ウバーなら危なげなく勝っているだろう。アッサムは彼との模擬戦で一度も勝利したことがないし、大人相手でも力負けしないのだ。

 ――僕も、きっとできる。たぶん、できる。もしかしたら、できる。

 だんだんと気弱になっていくおまじない。静寂がやたらうるさい。静かなる騒音の先に、枝を踏む音が聞こえた。唾を飲んで、足音を立てないように、慎重に進む。剣の柄を握る。


 森の木々がまばらになり、隠れるにはやや心許ない風景になった。この先には、綺麗な泉があったはず。7歳になったばかりの頃に、腕の立つ戦士たちと一緒に森に来たときは、怖くてほとんど誰かの背中に隠れていた。もう少し、ちゃんと周りを見ておくんだった、とアッサムは後悔した。

 回想は早々に切り上げ、歩みを進める。今度は、水が跳ねる音がした。あそこには魚などいないのだから、空から何か落ちて来たか、魔物が水浴びでもしているか、どちらかだ。後者であってほしいという気持ちと、あってほしくないという気持ちが半々。待ち望んだ日がやってきたというのに、気弱な性根が顔を出してくる。

 カーネルから貰った、今はバンダナとなったタオルに触れ、勇気をもらう。意を決したアッサムは、勢いよく飛び出した。


 美しい、だが全身が真っ黒で不気味な印象を与える少女が、泉に()()()いた。泉に手を向け、ぶつぶつと何かを唱えている。

 人間。最初はそう思った。だが、水の上に立てる人間など見たことも聞いたこともない。子供だから知らないだけかな、と一瞬思ったが、その考えはすぐに振り払った。そんな人間がいるわけがない。アッサムは剣を向けた。

「そんなおもちゃの剣を向けて、アタシに何か用?」

 彼女は泉の表面を歩き、森に着地した。額には二本の角があった。やはり、魔物だ。

「お、お前、魔物だな! 僕と勝負だ!」

 なかば剣に振らされるような形で、重い鉄の剣を振り下ろした。重力以外の勢いに乗れず、ふらふらな軌道を進む剣の先を、角の彼女は二本指で摘まんだ。

「こんなおもちゃ振り回してんじゃないわよ」

 彼女が少し手首をスナップしただけで、アッサムは吹き飛ばされてしまった。柔らかい地面のお陰で怪我は無いが、剣が離れた場所に飛んでいってしまった。魔物を目の前にして、丸腰になってしまった。

「遊ぶなら、他に行きなさい。邪魔よ」

「ま、魔物のくせに、偉そうに!」

「人間のくせに生意気言ってんじゃないわよ。……待って。アンタ、どうやってここに来られたの?」

 一度はアッサムに興味を失いかけた彼女が、ふと何かに気づいて顔を向ける。その圧に漏らしそうになったのを少量に留め、ばれない程度に湿った下着を手で隠しながら剣に向けて駆けた。

 足がもつれて四つん這いになりながらも、手を伸ばせば剣に届くところまで来られた。実際に手を伸ばすと、剣の前に二本の華奢な脚が現れた。

「どうやってここに来たのかって訊いてんだけど」

「ひ……ひぃっ」

 腰が抜けた。残っていた勇気と尿が全部漏れていった。

「はあ……世話がやける」

 彼女が右手を泉にかざすと、泉からぽこんと水の玉が現れた。手をアッサムに向けると、水の玉は勢いよく飛んでいき、アッサムの顔を容赦なく殴打した。全身ずぶ濡れになった。カーネルに貰ったタオルが、情けなくだらんと垂れてきた。立派なはずの刺繍まで、なんだか情けない染みのようになっていた。

「そのマーク……」

 タオルに伸ばしてきた手を振り払い、アッサムは這う這うの体で逃げ出した。腰から下が言うことをきかない。違う生き物の上半身と下半身を無理やり繋げて、電気信号をやりとりさせているみたいだった。

「アタシは魔王。この命が欲しかったら、いつでも奪いに来るんだね。小便漏らし」

 それだけ言うと、彼女は一瞬にして姿を消した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ