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チュートリアルの朝

 この世で讃えられる職は何か、と聞かれたら、まともな教育を受けた子供ならこう答える。

「剣士!」

「魔法使い!」

 そう、この世界――ドルメルンでは、剣術もしくは魔術に長けた者が讃えられる。首都の国王やお国の大臣は別として、町や村の長も、平民よりは上だが、剣や魔法のプロよりは地位が低いとみなされる。

 この世界には危険な魔物がそこら中にはびこり、人々に日夜脅威をもたらしている。力を持たない人間など、ひとたび魔物に襲われれば、ひとたまりもない。死んでしまえば、金も権力も意味をなさない。

 自分で自分の身を守るのは当然として、他人の命までも守る力のある者が尊ばれるのは必然であった。

 首都の()()()()()たちの立場を考えれば、剣士や魔法使いに権力を持たせすぎるのは危険であるのだが、そうは言っても戦う術を持った大臣などそうそういない。自分の立場と命のバランスを取って、ある程度は力が外に散るのも大目に見る他なかった。

 そういうわけで、剣士や魔法使いは少年少女の憧れの職であった。全員に「剣士にも魔法使いにもなりたくない!」と言われてしまえば、やがて魔物と闘える者はいなくなり、人間は滅ぶしかなくなるので、大変ありがたい話だ。

 そうは言っても、よちよち歩きの幼児や、第二次性徴期すら迎えていない子供においそれと危険な職を与えるわけにもいかないため、12歳からその職に就くこと――正確に言えば、その職に就くための試練を受けることを許可するルールができた。

 12歳を迎えた少年少女たちは、それぞれが住む町や村で試練――"チュートリアル"と呼ばれる――に挑み、無事クリアすることができれば、晴れて剣士、あるいは魔法使いの卵となる。

 いま、首都から遠く離れた森の奥の村で、一人の少年が立ち上がった。彼の目的も、見知らぬ同齢の面々と同様、試練を乗り越え、剣士になること。これからの未来に希望を抱き、重い鉄の剣をぶらさげ、寝起きの目を擦って眩しい世界に歩き出した。


 12歳の少年アッサムは、井戸の冷たい水を顔に浴びせ、太陽を仰いだ。今日は待ちに待った大事な日、いつまでも寝ぼけ眼ではいられない。

 首都ドルンから遥か遠く。黒い木々で覆われた森の奥に、ひとつの村があった。その村の名はヴィラベリオ。自然の多さに反して作物に恵まれず、村人がやっと食っていけるだけの穀物をつくるのが精いっぱいという暮らしは、決して豊かとはいえなかった。それでも、彼らを照らす太陽に感謝し、汲みあがる地下水に喜び、心荒むことなく生きていた。

 小さな村の周りには、首都以上に強力な魔物が蔓延っていた。それでも村民が平穏な暮らしができているのは、村長のカーネルをはじめとした戦闘の精鋭たちが村を守っているからだった。カーネルは首都でも名が通った剣士で、各地を冒険していたが、20年前に一線を退いたあとにヴィラベリオに腰を据えた。それからは、そこに骨を埋めるつもりで村を守ってきた。そんな姿を幼い頃より見て来たアッサムは、カーネルは憧れの存在であり、目標でもあった。

 その背中を追いかけて、それでも年齢という壁の前ではどうすることもできず、動かないかかし相手のチャンバラで鍛錬するしかできなかった。だが、とうとう年齢の壁を越えた。アッサムは、この日を待ちに待っていた。高ぶる気持ちのまま村の外に出ていきたい気持ちを、必死に抑えていたのだった。

「アッサム、おはよう」

 振り向くと、憧れのカーネルが一瞬視界に入って、すぐに白いもので塞がれた。頭に乗せられ、顔まで垂れたそれを引っ張ると、また憧れが見えた。

「お、おはようございます!」

「いよいよだな。そいつは餞別……ってほどのもんじゃないが、まあ持っとけ。他の二人はもう来てるから、準備できたらお前もすぐ来いよ」

 それだけ言うと、彼は後ろ手を振って去っていった。アッサムの手に残ったのは、かつてカーネルが冒険者だったころに使っていたという、首都のシンボルが刺繍されたタオル。量産品だが、ほつれも汚れもなく、作られた当時の状態ほぼそのままに見えた。もったいないと思ったが、濡れた顔に触れた時点で使用後だ。残りの水分をそれで拭って、バンダナ代わりに頭に巻いた。

 それだけで、カーネルのように強くなれた気がした。脇に置いていた鉄の剣をつかみ、村の入口に向かった。


 カーネルの他、少年と少女がひとりずつ並んで待っていた。小さい村で知らない顔などあるはずもなく、どちらも幼馴染だ。

「遅いぞ、アッサム」

「アッサム、おはよう。いい天気ね」

 幼馴染の少年の方はウバー、アッサムより頭ひとつ大きい体躯の、歳の割に厚めの筋肉がついた剣士希望者だ。悔しいが、腰に下げた剣が様になっている。

 少女の方はダジリン、垂れ目でおっとりした魔法使い希望者。黒いローブは膝までの長さに設計された商品のはずだが、小柄な彼女の足元まで垂れている。一緒に育った仲でなければ、彼女が同い年だとは信じられなかったかもしれない。

 アッサムを加えた三人は、一番誕生日が遅いアッサムが12歳になるまで待ち、三人一緒にチュートリアルを受けようと約束していたのだった。そして、その日が来た。

「よし、全員揃ったな」

 カーネルの一拍で、横一列に並んだ12歳たちが一斉に顔と身体を彼に向けた。

 ――いよいよだ。

 アッサムの左手の剣が、いつもより重量を増したように感じた。

「もう知っているとは思うが、通例に従って説明させてもらう。12歳になると、剣士または魔法使いになるためのチュートリアルへの挑戦が許可される。内容は単純明快で、村の外で初めて出会った魔物と一人で闘って勝利すること。もし負けたら、挑戦は失敗。だが、何度でも再挑戦できるから、無理をすることはない」

 そうそう、と人差し指を立てて補足する。

「再挑戦するにしても、全く同じ個体に出会えるとは限らないし、そもそも同じ個体かどうかの見分けなどつかない。だから、同じ種族の魔物と倒せたら、それでよしとする。最初にウルフに出会ったら、ウルフに勝つまでがチュートリアルだ。ウルフに遭った後でスライムに何回勝っても、クリアにはならないから、よく覚えておくんだ」

 ――チュートリアルなんだから、戦い方の感覚が掴めればいいと思うんだがなあ。なんで初めて会った魔物にこだわるのか、お偉いさんの考えは分からんよ。

 アッサムが思っていたことを、カーネルがそのまま代弁してくれた。お偉いさんが目の前にいない以上、苦情を言っても仕方がない。ろくに戦闘経験もない素人が、安全なところから口を出しているだけ。そう割り切るほかなかった。

「道具の使用は可能だが、何でも使っていいわけではないし、無尽蔵に持てるわけでもない。相手を攻撃できるアイテムを使って勝っても、剣も魔法も使わないのでは腕試しにはならんからな。そこで、薬草や毒消し草が入った麻袋をこちらで用意した。持っていきなさい」

 三人がそれぞれ麻袋を受け取り、紐を腰や肩にかけた。

「説明は以上だ。今から村の外に出る。だが、あまり遠くには行かないこと。お前たちに危険が及びそうなら、俺達が助ける。では、検討を祈る」



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