それから
それから間もなくして、アッサムは旅に出た。幼馴染のウバーとダジリンも一緒だ。
3年前、ウバーは首都での修行を早々に切り上げ、村に戻り、カーネルのもとで剣の手ほどきを受けた。ダジリンは首都に戻って修行を続けたが、転移魔法を習得したのを村に披露しに戻り、首都に帰らずそのまま村で過ごした。
アッサムが試練をクリアしたのを喜んだ二人は、いつぞやの約束通り、三人で旅に出ることにした。ダジリンが危険を伴う旅を「お出かけ」と表現した時は、その場の全員でずっこけてしまったが、こういうキャラが一人くらいいた方が、旅はうまくいく。
アッサムがいなくなった後の家は、ディメルがしっかり守っている。男達だけの生活が長く、風呂はカビだらけ、倉庫は蜘蛛の巣だらけという有様で、ため息をついていたが、文句を言いつつも楽しそうに家事をしている。台所に現れる黒いあいつが登場する度に消滅魔法を放とうとするのを、カーネルがなんとか抑えてくれている。
そのカーネルは、ジェブラの一件で首都の剣士達の憧れの的となり、弟子志願者が毎日のように訪れている。柄じゃないと初めは断っていたが、情けないほどに腑抜けた首都の剣士達に危機感を覚えたのも確かなので、仕方なく村の外に道場を作って受け入れ、指導している。
カーネルに稽古をつけてもらうために村へ訪れる剣士が増え、彼らが寮代わりに利用する村の宿屋は大繁盛だという。作物の育成には不向きな土地だったが、ディメルの力で地質そのものを変えたお陰で、多くの実りを享受できるようになった。修行で腹を空かした剣士諸君を餓死させずに済みそうだ。
ちなみに、剣士諸君の卒業試験は、ディメルと闘って勝つこと、というルールになった。カーネルが勝手にそう決めた。洗濯物を干している時でも、買い物中でも、構わず戦闘申込をしてくる小童どもにキレて、道場の地下からマグマが噴き出したことがあったそうだ。
カーネルと弟子がそろって土下座して、ようやくマグマは収まった。だが、道場があった場所は切り立った崖になってしまい、卒業試験を受けたい者は、まずその崖を上りきることが条件となった。自業自得とはいえ、卒業難易度がさらに上がってしまったのは不運としか言いようがない。
このように、村には退屈しない時間が流れ、人と財源が増えた村はどんどん大きくなり、それなりに大きな街に発展していた。
逆に、首都では剣士が減ってしまって、大臣たちの悩みの種になっているとのことだ。首都から地方への人口流出は長い歴史でも初めての事で、首都では悩ましい話でも、小さな町や村にとっては地方創生の希望を持てる出来事となった。
ディメルの統治で魔物の脅威がほぼ無くなったことも、人々が未来に希望を持つ一因だった。人と魔物は住む土地を決め、互いに不可侵とすることで、無駄な血が流れることも少なくなった。
そんなわけで、チュートリアルのルールも見直される予定だ。いたずらに魔物の命を奪う現在のやり方は、絶妙な距離を保っている二者の関係保持のためにも相応しくないとの判断からだ。制度が固まるまでの代案として、カーネルの卒業試験がチュートリアル代わりになっている。
それはすなわち、まだ剣士にも魔法使いにもなれていない者がその職に就こうと思ったら、ディメルに勝たなければならないということ。チュートリアルの根底を揺るがす条件を出され、首都の大臣たちは非難の嵐を浴びているそうだ。
不可侵とはいっても、それを破るものはいる。知能を持たない魔物や、ヒトを嫌う魔物だ。そういう場合は、容赦なく倒しまくるしかない。戦う術を持たない人々が集まる場所へは、剣士や魔法使いが派遣される。もしくは、旅の途中に立ち寄った際に、無条件で助けてくれる。その強さを目の当たりにし、その噂が人から人へと伝わり、やがてヴィラベリオにも届く。
「アッサム達、また魔物から村を守ったそうだよ」
「そう」
カーネルの報告を、ディメルは笑顔で聞き流す。遠くに居ても名が届くくらい、頑張っている。やはり、あの人の子だ。そんなことを思いながら、遠くの地に居る息子にエールを送る。
あれから100年の時が経過した。当時の顔ぶれは、ほとんどいなくなってしまった。オババも、カーネルも、ウバーも、ダジリンも、そしてアッサムも、天寿を全うした。
当時と変わらない容姿で今を生きるディメルは、大勢の子孫が脱ぎ散らかした洗濯物を終え、一息ついたところだ。曾孫、玄孫、来孫と彼らの配偶者達を合わせて七十名の大家族。大きな敷地に、たくさんの戸建てがあり、それぞれの家族で過ごしている。
魔王と融合したディメルは、その長い寿命ゆえに多くの死を見送った。母親でありながら、アッサムの死を看取った時は、アッサムを追って、一緒に消えてしまおうかとも思った。だが、同時に、多くの生にも立ち会った。アッサムの子、その子が産んだ孫、孫が産んだ曾孫……。多くの命に出会い、悲しみ以上に喜びが大きくなった。
こうして、今日も子孫たちのために、現役の魔王がいそいそと家事をこなしているというわけだ。
そして今日、来孫の一人が12歳となり、チュートリアルを受ける。もちろん、ディメルとの戦闘に勝つのが達成条件ではない。そんな制度は、一瞬で廃止になった。現在のチュートリアルは、ちょっとした見世物というか、式典に出席して剣を振る真似事をする程度の内容だ。
平和になった今では、剣士になっても腕を振るう機会がほぼ無く、成り手不足に陥っているが、それでも万が一に備えて一定の数は必要である。ヴィラベリオの子たちは、教科書に載った自分の先祖を誇りに思い、みんなチュートリアルを受けている。
「大おばあちゃん、行ってきます!」
「ちょっと待ちなさい」
出かけようとするその子を呼び止め、首からペンダントをかけてやる。
「御守りよ。持っていきなさい」
「ありがとー! これを持ってると、どんな試練も乗り越えられるんだよね!」
「そうよ。アタシの息子は、これをつけてアタシに勝ったのよ」
「大おばあちゃん、魔王なのに、すごーい!」
「でしょう? アンタのチュートリアルにも、アタシが出るから頑張ってね」
「チュートリアルに魔王が出てくるなんて聞いてない!」
「ふふふ。冗談よ。ほら、行ってらっしゃい」
「頑張ってくる!」
元気に出て行った子孫を、笑顔で見送る。
――何かご馳走を作って待っていよう。旅に出たアッサムが帰郷する度に作っていたシチューにしようかしら。それとも、ピッツァにしようかしら。その前に、アッサムのお墓に伝えに行かなきゃ。
手入れが行き届いた先祖の墓が並ぶ墓地に花を添え、両手を合わせる。遠い世界に逝ってしまった息子達の顔を思い浮かべて、今日の出来事を報告する。
――強く生きようともがいたアンタの心は、今も続いているわよ。さすがアタシの子たちだわ。
遠くても、繋がっている。世界中が大地と水で繋がっているように。
アッサムの墓に飾られている鉄の剣が、錆びることなく陽の光を反射していた。
―― 完 ――




