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アッサムと魔王

 ジェブラとの戦いから、3年が経過した。今日で18歳になったアッサムは、カーネルのタオルをバンダナにし、父の形見のペンダントを首に下げ、鉄の剣を装備し、村を出た。

 この3年、毎日のように泉に出かけた。もちろん、試練達成のためだ。さすがの魔王もアッサムの実力を認め、剣を召喚して対峙するようになった。昨日まで負けて負けて負け続け、負け戦績はついに一万の大台に乗ってしまった。

 これから、一万一回目の戦いに赴く。どんなに負けても、心は挫けない。


 泉に到着した。彼女は、既に剣を持って待ち構えていた。

「おはよう。さっそく始めましょうか」

「ああ!」

 挨拶もそこそこに、戦闘を開始した。親子とは言え、いや、親子だからこそ、互いに手は抜かない。互いの手の内を知り尽くした二人の戦いは、接戦だった。金属音が水辺に響く。

「はあっ!」

「せいっ!」

 それぞれの気迫がぶつかり合い、一進一退の攻防戦が繰り広げられる。疲労の蓄積はお互い様。勝敗を分けるのは、心の強さ。アッサムは、最後の最後で弱気になってしまう癖があった。それが、ジェブラとの激闘を制してからはその弱点が無くなっていった。


 嬉しいような、寂しいような複雑な感情を抱いたディメルだったが、息子の成長を素直に喜んだ。だからこそ、わざと勝ちを譲るような真似はせず、全力をもって相手をする。最強の現魔王、最強の母親として。

「そこよ!」

 ディメルの剣がアッサムの剣をはじき飛ばし、左脇腹を切り裂いた。ぐっと唸ったが、アッサムの心は折れなかった。丸腰の状態でディメルに向かい、ディメルの剣のガードを両手でがっちり掴み、いったん引いてディメルのバランスを崩させると、思いっきり突き出した。

 前かがみになったディメルの腹に、自身の剣の柄がめり込んだ。

「ぐぅ……」

 腹を押さえて膝をついたディメルの首筋に、奪った剣の刃をあてた。共に荒い呼吸を数度繰り返したのち、ディメルはふっと笑った。


「降参よ」

「……やった」


 剣を放り出し、アッサムは大の字に倒れた。三度の呼吸のあと、「勝ったぁぁぁぁ」と勝利の声を絞り出した。

「そこは、もっと雄たけびみたいに喜ぶところじゃない?」

 アッサムの傷と自分の傷を回復したディメルが横座りして笑う。

「そんな元気ない」

 己の限界を超えた戦いを繰り広げた後に、体力など残っていなかった。最期は闘志だけで動いていたようなものだった。


「さあ、これで文句はないわ。アタシの首を()ねて、倒した証拠に持っていくことね」

「なんで?」

「なんでって……。それが試練の条件でしょう?」

「試練の条件は、初めて出会った魔物と一人で闘って勝利すること。命を奪えとは言われてない」

「それじゃ、アタシを倒したって、どうやって証明するのよ」

「一緒に来て、倒されたって言ってくれればいい」

「はあ!? アタシに、村まで来いって言うの?」

「もちろん」

 冗談でしょ、と覗いたアッサムの目は真剣で、本気だった。誰に似たんだか、と笑えてくる。

「村に出て行って、いきなり攻撃されたんじゃ、たまったもんじゃないわよ?」

「大丈夫。母さんのことは、村中が知ってるよ。というか、もう世界中で有名」

「はあ!?」

 二度目の吃驚(きっきょう)

「母さんはずっとここにいたから知らないだろうけど、世の中は結構変わってるよ」


 ジェブラとの決着がついた日。ディメルが森に帰った後、アッサムは、カーネルから、村人から、首都からやって来た()()()達から、何がどうなったのかと質問攻めにあった。正直に答えても、なかなか信じてもらえなかったが、同じ首都で修行するウバーが証言してくれたお陰で、事実だと受け入れてもらえた。

 人類に仇なす魔王は既に消滅し、現在の魔王は無害の元人間であること。元魔王の側近が大臣に紛れ込み、人類を操ろうとしていたが失敗に終わり、死んだこと。無害な魔王がこの森で暮らしていること。全て教科書に載るくらい当たり前の出来事になっていた。


「そういうわけで、魔王は母さんだってことはみんな知ってるから、いつ村に戻って来ても大丈夫。世界を救った英雄を追い出すわけないじゃない。いつでも、村に戻ってきなよ」

「それなら、どうして早く言わなかったのよ」

「だって、母さんだって、ずっと僕に母親だって言わずに黙ってたし」

「……ほんと、誰に似たのかしら」

 目が合って二秒後、二人は噴き出し、笑いあった。


「僕さ、旅に出ようと思う。ウバー達から6年も遅くなっちゃったけど、やっと剣士になれたんだ。遠い場所だと、母さんの制御が及ばなくて暴れている魔物もいるみたいだから、僕が退治する」

「そう」

「だから、あの家は母さんに守ってほしいんだ」

「……たまには帰ってきなさいよ」

「……うん!」

「この場所ともお別れね。結構気に入ってたんだけど」

「綺麗だけど、一人でずっといたら気が狂いそうになるよ。母さんが本当に魔王になったら、誰も手をつけられないからね」

「言ってくれるわね」


 立ち上がり、手を一振りして、異次元空間を消し去る。泉も無くなり、鬱蒼とした森の中に着地した。


「泉、無くなっちゃった」

「ええ。もう必要ないから」



 ディメルは水、地、風といった自然と対話し、世界で起きている情報を受け取る力がある。水は世界中の至る所にあり、川、沼、湖、海となって世界中を繋げている。だから、泉を発生させ、そこから世界中の情報を得ることにしたた。ジェブラが首都に居ると知ったのも、水を通して伝わってきたからだった。

 異次元空間の隠し場所はどこでもよかったのだが、アッサムが生きる村にほど近い森の中にした。たとえ会うことも知ることも叶わずとも、愛しい息子の成長を近くで見守りたかった。

 まさか12歳になった彼が異次元空間に入り込んで会いに来るとは思いもしなかった。愛した夫にどことなく似た顔立ち、カーネルが持っていた首都の刺繍入りタオル。信じられなかったが、あの日、目の前にいる少年がアッサムだと確信した。

 大きくなった息子をみて喜ばない母親はいない。自分が母親だと言ってしまえたら、どれだけ楽だったか。それでも、魔王として接した。何度も何度も会いに来るように。剣を向けるアッサムの成長を、自分勝手な思い出として胸に仕舞い、いずれ自分を超えてくれる日を願って。


「そう、もう必要ないの」


 母を超え、自分で決めた人生を歩もうとする息子。その息子の帰りを、18年の間離れた家を守りながら待つ母。水のように、世界のどこにいても繋がっているのだから。

「アッサム」

 母の呼びかけに、息子が振り向く。

「18歳の誕生日、おめでとう」



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