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精神の戦い

 剣と槍の激しいぶつかり合いに、空気が震えた。一瞬遅れて届いた金属音がした方に目を向けても、二人の姿は既にそこにはない。意識を取り戻したアッサムは、状況が呑み込めず、しかし音と空気が伝える情報でふたつの大きな力がぶつかっていることを認識できた。

「そうだ……ウバー!」

 腹部を赤く染めたウバーを抱き起こす。服は血まみれだが、肝心の傷はすっかり塞がっていた。誰かが回復してくれた。ダジリンは向こうで気を失っている。それなら、こんなことができるのは一人しかいない。


「母さんが……来てくれた」


 どれだけしつこく勝負を仕掛けても、アッサムに重症を負わせず、デコピンひとつで返り討ちにした、魔王を兼ねた強き母親。彼女が駆けつけてくれた。

「ぐっ……おれは、いったい」

 ウバーが目覚めた。アッサムは心の底から安堵した。大切な人を失う苦しみを味わうのは、もう二度とごめんだ。

「魔王が……母さんが戦ってる」

「そうか」

 彼もまた状況を理解し、戦いの邪魔にならぬよう、ダジリン達を回収して村に運びこんだ。カーネルを含め、気を失った三人をオババの元に届けたアッサムの手を、オババが掴んだ。

 皺くちゃな顔で、アッサムの目をじっと見つめる。


「今夜はお前の運命が決する日。良い方に転ぶか、悪い方に転ぶか、それはワシにもみえぬ。全ては、お前次第だ。最後は、お前の魂の強さが全てを決める」


 分かるような、分からないような内容だったが、アッサムはオババの言葉を胸に刻み、大きく頷いた。そして、母の元に舞い戻った。村人には止められたが、振り切って出てきた。オババの言葉を借りるなら、これは自分の運命を決める戦いでもあるのだ。

「付き合うぜ」

 ウバーも一緒に来てくれた。剣士として共に腕を磨き、心を繋いだ親友が傍にいてくれる。これ以上ないほど心強かった。

 一方、ディメルとジェブラの戦いは膠着(こうちゃく)状態だった。互いに有効打を与えられず、武器がぶつかる音が不連続に鳴り続いていた。


「今の私と張り合うとは、大した女よ」

「アンタこそ、あのジジイの力を超えたんじゃない? イルボス復活なんて待ってないで、自分が魔王になった方が早いんじゃないかしら?」

「ふざけろ。私の忠誠は揺らがぬ。何があろうと、私はイルボス様の忠実なる部下だ」

「あのジジイのどこにそんな魅力があるのか理解ができないけど、浮気せずに一途に慕い続けている点は評価するわ」

「それならば、イルボス様を返してもらおう」

「残念だけど、それは無理な相談ね。融合しちゃったもの」

「嘘を()くな。融合魔法があるならば、それと対をなす分離魔法があって当然。貴様がそれを知らぬはずはあるまい」

「……」

「その沈黙は肯定とみなそう。イルボス様と融合し、精神世界での戦いを制し、自身が魔王となることで、人類への脅威を取り除こうとしたのであろう? 何世代もの人類の滅びを目にするほどの長い孤独に耐えるつもりで、な」


 二人は離れ、一定の距離を置く。武器の衝突音が止んだ。


「その決意も揺らいだのではないか? 可愛い可愛い息子に会ってしまって」

「黙りなさい」

「イルボス様と融合したあの日、姿を消したのは、息子に会うのを避けたためであろう? ひと目会ってしまえば、離れがたくなるものな」

「黙れって言ってんのよ」

「貴様に会いに行った夫が言っていたではないか。自分ひとりで抱え込まず、魔王なんて吐き出してしまえ、と。私も同じ意見だとも。踏ん切りが付かぬようだったから、貴様の目の前で夫を殺してやったというのに、意地を張りよって」

「……!」

 一瞬にして姿を消したディメルの剣が、ジェブラの腹を貫いた。

 口から緑色の血を垂らしながら、ジェブラは口の端を吊り上げる。

「イルボス様と融合したあの日と同じだな」

 自分を突き刺すディメルの手を掴み、二人の身体を赤黒い光が包む。


「我らも融合しようではないか。イルボス様と私の二人を、同時に相手してみるがいい」


 15年前にディメルが魔王イルボスに行ったことを、今度はジェブラが繰り返そうとしていた。分離するつもりがないなら、さらなる融合を行い、数的優位に立つ。既に融合済みの現魔王と自分自身を融合し、ひとつの身体に三つの魂を収めるつもりだ。

「母さん……!」

 アッサムが叫ぶ。本人の前では一度も言ったことのない、母という呼び名で。

「ほう、息子が応援に来ているぞ。残念だな、感動の再会はこれが最後だ」

「あのジジイにも言ったこと、アンタにも教えてあげる。――母親をなめんじゃないわよ」

「ぬっ……!」


 二人を外側から包んでいた赤黒い光を押しのけるように、内側から瓶覗(かめのぞき)色の光が溢れ出す。一瞬の攻防ののち、内側の光が押し勝って、二人はひとりにならず、二人のままだった。

「なぜだ……。私の融合魔法は、間違ってなどいないはず……」

「ええ、間違ってないわ。でも、忘れてないかしら? 融合と対をなす分離の魔法があるように、魔法にはその発動を無力化する対抗魔法があることを。アタシのやり方を真似する馬鹿が出てくる可能性なんて、15年前から対策済みなのよ」

「ぐ……おのれ……」

 流れがディメルの方に傾いた。ジェブラはディメルに接近させるために、敢えて攻撃をくらったが、それが仇になった。腹に穴が空いた状態では、これまでのようには戦えない。

「さあ、決着をつけさせてもらうわ」

「くくく……。対抗魔法か、確かに迂闊だった。しかし、それは、その魔法を知っていればこそ発動が可能というもの」

 ジェブラの身体が黒い霧に包まれ、姿を消す。


「融合魔法を知らぬ者が、その対抗魔法を放つことなどできんのだ」


 黒い霧が、アッサムの背後に現れた。緑の血に濡れたジェブラの手が、アッサムの頭を鷲掴みにする。

「アッサム、逃げなさい!」

「……え?」

 アッサムが気づいたときには、もう手遅れだった。叫ぶディメルの声も、隣のウバーの姿も、聞こえないし、見えない。アッサムはジェブラの赤黒い闇に包まれ、暗い海の底に沈んでいくような孤独に包まれた。

 ――ふふふ。私と精神世界へ行こうではないか。そして、この身体の所有権をかけて、勝負しようではないか。

 全方向から響く、鳥肌の立つような低音が頭の中でこだまする。気付けば、アッサムは黒や紺青(こんじょう)が湯気のようにもやもやと混ざり合う空間で立っていた。


「ここは……」

「精神世界だ」

 声のした方を向くと、ジェブラがいた。

「私はお前に融合魔法をかけた。融合した者は、その身体の所有権を賭けて精神世界で決着をつける。ここには私とお前しかいない。いくら呼んでも、助けは来ないぞ」

 獲物を前にした蛇のように目を細め、アッサムをねめつける。

「貴様を倒し、この身体を奪う。そして、次にあの女を痛めつける。精神は私でも、息子の身体で攻撃されては、抵抗できまい」

 精神世界の空間に不快な笑い声を響かせた。アッサムは恐怖に支配されそうな心を必死に抑え、睨み返した。


「これは僕の身体だ! お前の好きにさせてたまるか!」

「貴様一人で、何ができるというのだ? 貴様はいま、頼もしい母親も、仲間も、友もいないこの場所で、孤独に押しつぶされそうになっておるな。分かるぞ。この精神世界は貴様の心そのものだからな」

 悔しいが、ジェブラのいう通りだった。さらに敵は畳み掛ける。

「共に稽古に励んだ幼馴染に置いていかれ、自分だけが村に居残りになった過去も、未だに惨めったらしく嘆いておるな」

「やめろ……」

「友の家族は健在なのに、自分の父は死に、母は魔王になった。お前だけが不幸になった人生を、世の中を、さぞ恨んだことだろう」

「もう……やめてよ……」

「悪いのはお前ではない。世の中だ。そうだろう? チュートリアルひとつとってもそうだ。初めに会った魔物を倒さねばならぬなど、愚の骨頂だ。仕組みが悪いのだ。ひいては、そのような仕組みにした大人が悪いのだ」

「僕は……僕は……」


 アッサムの心の奥底に潜んでいた、理不尽への憤り、他責思考、運命への悲観、諦念(ていねん)。全てを見透かされ、否定できない本音を言葉にされ、打ちのめされていた。もはや抵抗する気力もなく、ぺたんと座り込んで、頭を抱えた。

「お前は充分頑張った。もう休んでよいのだ」

「ぼ、く……は……」

「お前はここで大人しくしているのだ。私が、この世の中を変えてみせよう」





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