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窮地

「当時と変わらぬ剣さばき、なかなかのものよ。だが」

 ジェブラはそれを上回る槍さばきを見せ、その上、魔法をも操る。地面から人の身体ほどの岩が飛び出し、カーネルの腹に衝撃を与える。

「ぐはっ!」

「貴様は当時と変わらぬかもしれぬが、私は当時の自分を遥かに超えた。貴様など相手にもならんと知れ」

 血反吐を出したカーネルを、蹴りで浮き上がらせる。アッサムの前に落ちてきた彼の状態を見れば、これ以上の戦いは無理なのは明白だった。

「カーネルさん!」

 ダジリンが回復術を施す。だが、術が発動する前に、ジェブラの風魔法が到達し、ダジリンもろともカーネルを吹き飛ばした。

「ダジリン! お前、よくも!」

 アッサムが剣を向けた。カーネルが勝てなかった相手に、アッサムが勝てるはずはない。そんなことは承知の上だ。黙って見ていられるほど、少年の性根は腐っていない。


「わはははは。次の相手は小僧か! これはいい。少し痛い目を見せれば、あの女の居場所を教えてくれるかもしれんな」

「誰が言うもんか!」

「ば……馬鹿!」

 ウバーにそう言われて気付いた。アッサムの一言が、相手に情報を与えてしまった。

「ほう、つまり貴様はあの女の居所を知っているのだな。貴重な情報、感謝する」

「ぼ、僕は何も知らないぞ!」

 取り繕っても後の祭り。おまけに嘘が下手すぎる。ジェブラがさらに大笑いするだけだった。

「どおれ、少しばかり可愛がってやろう」

 かけっこをしても十秒はかかりそうな距離にいたはずの敵が、急にアッサムの目の前に現れた。そうかと思えば、腹に重い衝撃が走った。強烈な膝蹴りで、あばらが折れたのが分かった。

「っ……!」

「苦しいか? まだ終わらんぞ」

 アッサムの右腿に、槍が突き刺さる。

「ぎゃあ!」

 仰向けに横倒しになったアッサムの左腕が踏みつけられ、固いものが砕ける音がする。

「いぁあ!」

「すまんすまん。関節を増やしてしまったようだ。どれ、ついでにもうひとつ増やしてやろう」

 今度は左脚に槍の柄を叩きつけられ、脚が変な方向に曲がった。

「があ、あ……」

「魔王の居場所さえ言えば、楽にしてやるぞ? それとも、もう少し我慢するか?」

 アッサムの右腕に置いた足に、力を込める。肉が押しつぶされ、骨に圧力がかかり、限界を超えて折れる一歩手前のところで、ふっとその力が引いていった。


「なんだ、お前は」

「アッサムにこれ以上の手出しは許さない」

 ウバーが敵に斬りかかり、アッサムを庇って前に躍り出たのだ。

「小僧が……邪魔するか!」

「もちろんさ!」

 答えたのは、ウバーではなくニケア。ジェブラに向かって、挨拶代わりの雷魔法を放った。当たりはしなかったものの、距離を取らせることには成功した。その隙に、ダジリンがアッサムの元へと向かう。

「アッサム!」

 アッサムの傍に(ひざまず)き、回復術をかける。折れた骨も、つぶれた肉も、みるみるうちに回復していった。全快したアッサムは立ち上がり、再び剣を持つ。

「ありがとう、みんな」

 四人は一瞬微笑み合い、敵に向き合った。カーネルはダジリンが手当てしたが、気を失ってしまっている。この村を守れるのは、彼らしかいなくなってしまった。


「せっかくヒトの皮を被って大勢連れて来たのに、墓穴を掘ったな。正体を現してしまったせいで、せっかくのお仲間達は加勢してはくれないみたいだぜ?」

 ウバーの言う通りだった。大臣テグラだと思っていた存在が、魔物の姿をしたジェブラだったのだ。その変わり様を見た首都の剣士諸君、魔法使い諸君は、混乱して一切手を出してこない。

「そのようだな。ここまで役に立たない腑抜けどもだったとは。まあよい。私一人で充分だ」

 ジェブラが腕をひと払いすると、強烈な風が吹き荒れた。村の看板や、入口近くの家の屋根が吹き飛ぶほどの威力。その風圧をもろに受け、四人は柱や外壁に叩きつけられた。ダジリンとニケアは瓦礫の上で気絶してしまっていた。

「あの女、出てこんな。自分を匿ってくれたというのに、村の危機を見捨てるとは、ヒトの心までも失ったと見える。子供に戦わせてこそこそ隠れる村人も、程度が知れるというもの」

「魔物が……ヒトを、魔王を、僕たちを、語るな……!」

 全身に切り傷を負いながら、アッサムは立ち上がる。その隣に、ウバーが立つ。四つの目には、諦めや恐れの感情は無い。


「父さんも、母さんも、強く生きた。僕も強く生きると約束した。お前なんかに、負けない!」

「戯言を。私に一撃すら入れられぬ貴様が、強いだと? 冗談でも笑えんな。……む? 待て、貴様のそのペンダント……」

 アッサムの胸で輝くペンダントを見やり、数瞬の間思案する。そして、自身の記憶の中で、適合するものを見つけ出した。

「……そうか。貴様はあの夫婦の子か。今の魔王の子が貴様ということだな」

「だったらどうした」

「わはははは。これはいい。貴様を餌にすれば、あの女も姿を見せるだろう」

 強い風が吹き、砂煙が上がった。ほんの一瞬、目を庇った隙に、敵の姿は消えていた。そして――。

「ぐほっ……」

 アッサムの隣から、呻き声が聞こえた。隣にいた幼馴染の腹から、槍が突き出していた。槍は背後から勢いよく引き抜かれ、腹から血が噴き出す。ウバーが倒れていく。アッサムには、この光景が、スローモーションのようにゆっくりに見えた。うつ伏せになった背中が赤く染まっている。ウバーの身体の下に、血液の津波が広がっていく。


「ウ、バ……」


 15年前の魔王戦の時は、父が腹に穴を空けた。今度は、ウバーが同じ状況になっている。

「嫌だ……。ウバー……」

 6年前に、父はアッサムの手の届かない場所へ逝ってしまった。そして、今、ウバーまでもが遠くへ逝こうとしている。アッサムの視界が滲み、血の海にしずくが零れていく。

「他人を心配している場合ではないぞ」

 アッサムは息ができなくなった。左手ひとつでアッサムの首を掴み、持ち上げる。

「憎き女よ、これでも姿を現さんのか? 息子の首の骨が折れるぞ」

 より強く握られ、血流が滞る。呼吸ができない苦しさに加えて、喉を潰される苦痛、目が飛び出そうになるくらいの圧迫感。アッサムの抵抗する力が弱っていく。


 その時、少年を痛めつける魔物の背中に、火や雷の雨が降り注ぐ。傍観していた首都の魔法使い達が、一斉に攻撃を仕掛けたのだ。

「テグラ大臣の名を語った魔物め、覚悟!」

 数百を超える魔法の着弾。巻き起こる砂埃。両手が塞がったジェブラの背後からの攻撃。誰もが、無事ではいないと思っていた。砂埃が晴れ、月下の元に晒したその姿は、彼らが魔法を放つ前と何一つ変わっていなかった。傷ひとつ負っておらず、せいぜい砂で背中を汚した程度だ。

「目上の者に対する態度がなっておらんな、諸君。覚えておきたまえ、魔法というのは、こうやるのだ」

 アッサムを手放し、左手を(かざ)す。すると、地面から鉛色の長い棒がそこかしこから飛び出した。直立したそれらは、ジェブラの合図とともに鞭のようにしなり、剣士と魔法使い達に容赦なく襲いかかった。千を超える数の部隊は、一瞬にして全滅してしまった。


 自身が連れてきた勢力を戦闘不能にすると、アッサムの心臓に槍の切っ先を突き付けた。

「どれ、止めを刺してやるか。残念だったな、小僧。貴様の母親は、貴様の命などどうでもいいらしい。お前を痛めつけてあの女をおびき寄せようと思ったが、これでは餌にすらならん。これ以上戯れるのは時間の無駄というもの」

 動けるものは、誰もいない。

「死ぬがよい」

 ジェブラの凶槍が、アッサム目掛けて振り下ろされる――。


「なに!?」


 槍の穂先がアッサムに突き刺さろうとしたその時、胸のペンダントが強い光を発した。光は結界のように槍をはじき、球体の形をとってさらに領域を広げていく。聖なる雰囲気が漂う光の壁は、ジェブラにとっては不吉そのもの。不気味なものを感じ取り、後ろに大きく跳躍して距離を取った。

「なんだ、これは……?」

 強い光は、やがてアッサムの前でひとつの形に収束していく。スリムで小柄な、頭部にふたつの角を頂く女性のシルエット。

「まさか……」

 光のシルエットが極小の粒子となって飛散した。その場所には、ジェブラが心待ちにした相手が立っていた。

「一体、何事かしら」

 現在の魔王ディメルが姿を現した。

「あらあら、随分と荒れてるわね」

 目の前の魔物、その奥で横たわる大勢の人々、村の壁だったものの残骸。そして――。


「……アッサム!」


 傍で倒れるアッサムの状態を確認し、息があると分かると、ほっと胸を撫でおろした。状況を一瞬にして把握した彼女は、両手を(かざ)す。アッサム、ウバー、ダジリン、ニケア、そして大勢の首都の精鋭達を一斉に白い光が包む。僅かな時間で、全員の身体は傷ひとつ無い元通りの姿に回復した。

「あんたの仕業ね、ジェブラ」

 回復を終えたディメルは、殺気を込めた目で敵を見やる。対するジェブラは、目を細めて笑みを浮かべる。

「待ちわびたぞ、魔王を語る不届き者よ」

「アタシもよ。魔物の姿のアンタなら、手加減無しで戦えるわ。この間のお返しをさせてもらうわよ」

「本来の姿になった私の強さは、この間とは比較にならんぞ? それに、私の目的は魔王イルボス様の奪還。貴様との決着などどうでもよい」

「あら、結局はそれって同じことじゃない? それに、年寄りを叩き起こそうなんて、ひどい側近ね」

「ほざけ。息子の死に際まで出て来なかった貴様に言われる筋合いはないわ。なぜ今頃になって現れた?」


 ディメルは、アッサムの胸元にあるそれに目をやった。昔、メイージと交際していた頃に贈ったペンダント。それを身に付ける者が命の危機に陥った時に、ディメルをその場に転移させる魔法が自動で発動するように、ディメルが魔力を込めたもの。

「――アンタに殺されたメイージのためにも、その命、差し出してもらうわよ」


 ジェブラの問いには答えず、白く輝く剣を召喚し、切っ先を敵に向ける。

「それはこちらの台詞だ。人間の女風情が、魔王様と融合などしおって。イルボス様を侮辱したつけは、貴様の命で払ってもらうぞ」

 黒く不気味な槍を構え、ディメル目掛けて駆ける。


 魔王と、元魔王の側近が、因縁の土地で力をぶつけようとしていた。


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