カーネルの戦い
「カーネルさん!」
村長が驚いて振り返ると、先ほど村の中に入っていったはずの四人が、剣と杖で武装して戻ってきていた。
「お、お前達! どうして戻ってきた!」
「僕が原因なんだから、僕も戦う!」
カーネルが3年前にやったタオルをバンダナにし、父の形見のペンダントを首から下げ、鉄の剣を持ったアッサム。
「魔王さんを回復したのはあたしなんだから、あたしにも責任あるもん!」
小柄ながら闘志満々で杖を握るダジリン。
「ここで逃げたら、アッサムもダジリンもおれも、これからの人生をずっと枷を背負って生きることになる。そんなのはごめんだ」
逞しい剣士として成長したウバー。
「オレも事情は聞きました。魔王と一騎打ちした大魔法使いの話は、首都でも有名です。まさか、この村の人だったなんて驚きです! そんな村を守ったって言ったら、オレの株が上がるんで、自分のためにも勝手に参加します!」
ウバーの隣でサムズアップするニケア。これからの未来を担う若者達が、仲間を増やして、村のために戦う意志を示している。
「カーネルさんの時は三人だったんでしょ? 今度は五人もいるんだ、大丈夫だって!」
そう言ったアッサムの表情の奥に、あの日のディメルを感じ取った。カーネルは、やはりこいつらは親子なのだな、と思った。そして、腹を決めた。
「対話で解決するよう努力はしてみるが、おそらくは戦いになる。そうなったら、お前達を守ってやる余裕はないからな。それぞれうまくやれ。ひとつ、約束だ。――生きろ」
四人は大きく頷いた。それが合図だったかのように、村の前に大量の魔法陣が大地を埋め尽くさんばかりに現れ、それぞれ発光し始めた。闇夜に浮かぶミステリーサークルの光は、どれも敵意をむき出しにしていた。
「来たな。お前達、いったん武器を下ろせ。こちらを責める口実を作らせるな」
若者達は、カーネルの指示に従い、武器を下げた。その間に、ざっと千は超える数の剣士や魔法使いが魔法陣から登場し、こちらに向いた。彼らの先頭に、金の指輪やダイヤモンドのネックレスなどのいかにも高そうな装飾品で身を飾った壮年の男性が立っていた。
装いだけは煌びやかな、財を身に纏ったようなその男は、張り付けたような笑顔でカーネルに歩み寄る。
「お出迎え、ありがとう。私が行くことは伝えていなかったはずだが、まるで事前に来訪をご存じだったかのようだね」
「生憎、俺は腹の探り合いは嫌いでね。用件を聞こうか」
「私としても、長話をする気はないので、都合がいいよ。――魔王がこの村にいるな。大人しく差し出してもらおうか」
推量ではなく、断定。問いではなく、要求。それを、カーネルは一笑に付す。
「そいつは無理な願いだ。いないものは、出しようがないからな」
「ふん。素直に従うならこの村は助けてやってもよかったが、そういう態度ならば仕方がない」
一瞬で笑顔を消した彼は、後ろの腕利き達に向き直って、声高に叫ぶ。
「――諸君! この村の者達は魔王に与し、我々に仇なす人類の敵なり! ヒトの姿形をしているが、我々を躊躇させ実力を出せぬよう心を縛る幻術だ! 騙されるな! これは、人類を守るための戦いなのだ!」
腕利き達は、それぞれに剣や杖を構える。
「ひとり残らず首を刎ね、村を焼き払え! この村が匿っている魔王の首を獲った者には、このテグラが直々に褒美をとらせよう!」
「ったく。会話になんかなりゃしねえ」
相手が武器を構えたのを認めた上で、カーネルも剣を抜く。
「言っとくが、先に仕掛けたのはお前さん達だ。後で俺達を悪者にしないでもらおうか」
「人類の敵たる魔王を匿っておいて、どの口が言う。構わん、切り伏せよ!」
テグラの合図で、前衛の剣士二十人ほどが一斉にカーネルに斬りかかる。だが、彼らは瞬きもしていないのに、カーネルの姿を見失っていた。次に気づいた時には、剣を落とし、地面に伏していた。
「これでも、それなりに修羅場をくぐった剣士だったんでね。安全な首都でお稽古しかしてないような青二才には遅れはとらんよ」
「何をしておる! 次、かかれ!」
今度は後衛の魔法使いたちが、詠唱を終え、火だの水だのを放ってきた。ダジリンとニケアが防御魔法を張ろうと詠唱するが、カーネルの方が早かった。剣を一薙ぎすると、強烈な風が吹き荒れ、火も水も夜空の藻屑と消えた。
「ディメルの魔法を見慣れてる俺にとっちゃ、こんなのは火遊び水遊びだ。俺の首を獲りたいなら、もっと真面目にやんな」
剣も魔法も弾かれ、首都の腕利き達はたじろいだ。どうやら、先になぎ倒した剣士や、魔法を放ってきた魔法使い達と、実力はさほど変わらないらしい。これが今の首都の実力か――。カーネルは自分が現役だった頃と比べ、平和ボケした世界の心臓に住まう連中に嘆息した。
「ええい、まったくもって使えん奴らよ。もういい。この私自らが相手をしてくれよう」
テグラは剣士たちを押しのけ、長槍を取り出した。黒で統一されたその槍は、悪魔を模した装飾が施され、禍々しい印象を与えた。カーネルは、その槍に見覚えがあった。
「お前さん、その槍をどこで手に入れた?」
「さあな。今から死ぬ奴に教えるなど、無駄なこと」
言うが早いか、テグラは猛烈な速度で突きを放ってきた。くだらない会議を本業とする、戦闘の素人の動きとは思えなかった。カーネルをもってしても、回避はギリギリだった。油断をすれば、やられる。
「ほう、躱したか」
「……あんた、何者だ? ただの大臣じゃないだろう」
「わはははは。ただの大臣か。権力者たる大臣にただのとは、面白いことを言う」
「俺の知ってるお大臣ってのは、運動音痴ばかりだったんでね。少なくとも、腕の立つ剣士や魔法使いより実力が高い大臣なんて、あんたが初めてだ」
「お褒めの言葉、ありがたくいただいておこう。次は、貴様の首をいただきたい」
「笑えない冗談だ」
「残念ながら私は本気だ」
テグラの猛攻がカーネルを襲う。突き、払い、突き。カーネルが攻撃を仕掛けようものなら、柄の後ろで受け止め、払ってカウンターされてしまう。長いリーチを存分に生かした戦法で翻弄する。百戦錬磨のカーネルだからこそ、相手が只者ではないことがよく理解できた。
「相変わらず、やるではないか」
「相変わらず、だと?」
槍には覚えがあるが、その所有者たるテグラには面識がない。しかし、彼の口ぶりから察するに、カーネルと過去にあったことがあるということになる。
「ふん。貴様から受けた屈辱、忘れはせんよ」
「お前は……まさか」
醜悪な笑みを浮かべると、テグラの身体から黒いガスのようなものが噴き出した。
「……! おい、後ろの青二才ども! 寝っ転がってる仲間を避難させろ!」
予想だにしない出来事を目の当たりにした青二才達は、うろたえるばかりでカーネルの指示など耳に入っていない。
「……ったく! おい、こいつらをどけるのを手伝え!」
カーネルは青二才達を動かすことを諦め、アッサム達を指揮した。指示を受けた彼らは頷き、地面に散らばった剣士達を抱えて急いで村に運び込んだ。それを数回繰り返し、一人残らず避難させたところで、テグラから出た黒いガスは、別の何者かのシルエットを形作った。テグラは、糸の切れたマリオネットのように倒れていった。
「その姿……。お前はジェブラだな」
「覚えていてくれて光栄だよ、英雄カーネル殿」
15年前の魔王イルボスとの戦いにおいて、カーネルと対峙し、負け、大きな傷を負いながらも、アッサムの父メイージの腹に穴を空けて消え去った、魔王の側近。悪魔を模した装飾の槍に相応しい持ち主が、再びこの地に降り立った。
「しぶとく生き残ってやがったか。なんでわざわざ、また来やがった」
「先日、魔王のなり損ないのあの女がやって来てくれたものでな。今度はこちらが足を運んだというわけだよ」
「あのお大臣に憑りついて、か? 魔王の側近ともあろうお方が、みじめな真似を」
「私とて、人間に成り代わるなど虫唾が走ったよ。魔王イルボス様ご復活のため奔走し、6年前にあの女に奇襲をかけたが、返り討ちにあってしまってね。まだまだ私では力不足だと理解した。ならば、国を味方につけてしまえばよい。国の中枢に入り込むには、大臣に成り代わるのが一番なのでな。この6年間、我ながらよく我慢したものだと、自分を褒めてやりたいよ」
カーネルは納得した。あの基地外じみた魔法を駆使するディメルが、あれほどの致命傷を負っていた訳を。中身は魔物でも、入れ物はれっきとした人間だ。一方的に蹂躙されるばかりで、ディメルの方は手出しをしなかったのだろう。
加えて、ここに引き連れてきた青二才達からも攻撃されたことだろう。一撃一撃は大したことが無くとも、数の暴力に任せて放たれた攻撃を全てその身に受け続ければ、ダメージは蓄積する。
「ヒトを見下し、抹消しようと企む輩が、ヒトに頼るなんてな。いい笑いもんだ」
「頼るとは人聞きの悪い。これは支配だ。腕力だろうが権力だろうが、大きな力の前では、ヒトは首を垂れて従う他ないのだ」
「悪いが、俺は頭を下げてやる気も、従ってやる気もない」
「構わん。首を垂れて命乞いしたとて、聞くつもりは毛頭ないのでな。だが、あの女を差し出すなら、せめて苦しまぬように殺してやろう」
「残念だが、ディメルは俺に制御できるようなタマじゃないんでね。どこで何してるのかなんざ知らないのさ。俺は嘘は言ってないぜ?」
「ふん。素直に渡すつもりがないなら、今すぐ冥府に送ってくれよう」
「魔物ってのは、本当に言葉が通じないな」
今度は、カーネルから仕掛けた。相手が人間のテグラなら手加減せざるを得ないが、魔物のジェブラであれば、手を抜く必要は無い。先ほどとは段違いの速度と威力の剣技を放っていく。
「ほう、腕は落ちていないようだ」
「黙れ。メイージの仇は取らせてもらう」
カーネルはさらに速度を上げ、怒涛の斬撃を繰り出した。




