戦いの結末
魔王の側近と剣士は、一進一退の攻防戦を繰り広げたが、一対一の戦いであれば、カーネルやメイージが遅れを取ることはない。長い戦いの末、側近を討ち取ることができた。
一方、魔王イルボスと大魔法使いは、いまだに決着がついていなかった。炎が舞い、水が弾け、雷が散り、地面が捲れ上がる激しい魔法の撃ち合いで、天変地異にも等しい荒れ方をしていた。
――ぬう。小娘風情がやってくれる。
――ヒトの一生は短いの。アンタにとっては小娘でも、守るものを持った大人の女なのよ。母親をなめないでちょうだい。
――貴様こそ、あまり儂をなめるでないぞ。儂は魔王。人間一匹に止められるほど、甘くはないわ。
――それにしては、アタシ一匹を仕留めることもできていないようだけど?
どちらも攻撃の手を一切休めることなく、さらには攻撃しながら対話している。カーネル達は、魔法の衝突の影響で村に降り注ぐ岩石や氷を弾き返す役に回った。魔王と大魔法使いの戦いに加わったところで、足手まといになるのは明白だった。
――このまま魔法を撃ち合うだけでは、決着はつかぬ。小娘よ、剣で勝負をつけようではないか。それとも、それでは勝ち目はないと踏んで断るか?
――あら、好都合だわ。アタシが魔法しか使えないと思ったら、大間違いよ。
天地を荒らす両者の魔法の撃ち合いが止まった。それぞれ、魔法で具現化した剣を構え、接近戦に持ち込んだ。
「剣の勝負になったところで、俺達じゃ邪魔になるな」
「同意だ、カーネル。魔王は知らないだろうが、うちの奥さんは魔法だけじゃない。剣の腕も世界有数の強さだ。その上、美人だし、料理はうまいし、夜は――」
「ノロケはその辺にしておけ、メイージ。胸焼けを起こしそうだ」
「そうか……。まだまだあったんだがなあ。それじゃ、俺達は村の守りに徹することに――」
メイージの発言と意識はそこで途切れた。彼の腹から、槍が突き出ていた。背後から、突き刺されていた。
「メイージ!」
「ぐう……我々をもってして相打ちとはな。人間よ、今に覚えておれ」
頽れたメイージの後ろで、彼の血に濡れた槍を構えた魔物――カーネルが相手をしていた、魔王の側近のジェブラ――が、捨て台詞と残像を置き土産に逃げていくところだった。
「しっかりしろ、おい!」
慌てて抱き起すが、反応は無い。辛うじて生きているが、出血が多く、このままでは危険だ。カーネルは自分の不甲斐なさに眩暈がした。自分が仕留めそこなったばかりに、戦友が致命傷を負ってしまった。
――メイージ……!
一瞬の隙。魔王ジェブラが見逃すはずはない。
一瞬ののち、彼女の腹部に深々と魔王の剣が刺さっていた。魔王は醜悪な笑みを浮かべて、剣身の全てを身体に押し入れた。
――がはっ……!
――夫婦揃って、腹に穴を空けて死ぬがよい。
「あ……ああ……」
己が甘さが原因で引き起こしてしまった事態に、カーネルは打ち震えた。両手から滴る戦友の生ぬるい血が、心の温度を奪っていく。
――しっかり……しなさい。カーネル!
凛とした声が響いた。後ろ手に回復術を放ち、それを受けたメイージの身体が光に包まれ、腹の傷が塞がっていく。出血のせいで顔が青白いが、一命は取り留めた。
――ふん。自分の身を心配した方がよかったんじゃないか?
――余計なお世話。それに。
彼女は、自分を刺している剣を握る、魔王の手を掴んだ。その瞬間、二人の身体が発行し、鼓動する。
――な……! 貴様、一体何をしている!
――不用意に近づいてきてくれてありがとう。長い時間をかけて構築してきた融合魔法、やっと実行できるわ。
――ゆ、融合魔法だと!? そんなことをすれば、貴様とて無事ではすまんぞ……!
――あら、心配してくれるの? 優しいところあるじゃない。半分は賭けだけど、アタシはアンタに負けるつもりはないわ。最終的には、魂の勝負。その身が朽ち果てるまで、続きをやりましょうよ。
――や、やめろ! やめろぉぉぉぉ!
狼狽する魔王イルボスを無視し、さらに光を強める。もはや、魔王に逃れる術はない。二人の身体のほとんどが光で包まれたとき、気を失っているメイージ、そしてカーネルに、優しく言った。
――アッサムを、お願い。アタシのアッサムを……。
その直後、二人は光とともに消滅した。こうして、魔王率いる大群による襲撃は、村に被害を出すことなく退けることができた。世紀の大魔法使いひとりと引き換えに。
カーネルの昔語りがひと段落し、赤子の頃に起きた大戦争に冷汗を垂らす。もしそんな戦いが今起きたとして、自分達は三人のような働きができるだろうか。……考えるまでもなく、不可能だ。
「アッサム。今の話を聞いて、何か気づいたことはないか?」
先生が生徒を指導するような、急な問いかけをされた。
「えっと……。僕の母さんが、とんでもない人だったって思いました」
「そうだな。俺もそう思う。あとは?」
「その時に母さんと魔王はいなくなったはずなのに、なんで今もいるのか分からなかったです」
「お、いい感じに核心に迫ってきたな。それじゃあ、もうひとつ。俺が話したお前の母ちゃんと、お前が三年挑んできた魔王、その二人を比べて、どう思う?
この三年の魔王と交わした会話を思い返す。そして、今さっきカーネルが話してくれた、母さんの雄姿を思い返す。アッサムはあっと声を出した。
「似てる……。僕が会った魔王と、母さんの口調、似てる……」
期待した回答をした生徒を褒めるように、アッサムの頭を撫でた。
「ああ。あいつは……お前の母ちゃんのディメルは、お前がさんざん戦ってきた魔王、本人じゃないかと俺は思っている」
「僕の母さんが、魔王……?」
「すまない、言葉足らずだった。俺が当時戦ったのは、イルボスという名の魔王だ。そいつは恐らく、消滅したんだろう。その代わりに、ディメルが今の魔王になった。イルボスとディメルが共に消えたあの時、あいつは確かに融合魔法と言っていた。俺は魔法は分からんが、その名の通り、魔王と人間が融合する魔法なんだろうよ」
信じられない話だった。この村を襲った魔物の大群、それに抗ったたった三人の人間、そして魔王……。理解はできても、どうにも整理ができずにいた。
「お前達が混乱するのも分かる。昨晩言った通り、俺だって、いま起きていることの全てを整理できてるわけじゃない。この目で見て、耳で聞いた事実、そこから考えられる仮説を話したにすぎないからな」
「でも、それなら、どうして……。どうして、本当のことを話してくれなかったの? 母さんだったなら、そうだって言ってくれたら……」
「話したら、受け入れられたか? お前の母親が、人類の敵の魔王になってしまっているなんて聞いて、正気でいられたか?」
アッサムは、言葉に詰まった。チュートリアルを始めた12歳のあの日、角の生えた彼女が、自分は母親だなどと言ったところで、信じなかっただろう。この三年の時間を共に過ごしたからこそ、理解や納得ができているのだ。
「魔王さんがお母さんだったから、アッサムが戦っても怪我しないで済んだんだね」
「アッサムしか魔王……えっと、アッサムのお母さんの方の魔王に会えなかったのも、親子の縁みたいなものが引き寄せた結果だったのかもな。おれ達じゃ泉に行けなくても当然だったわけだ」
これまでの話が全て繋がった。魔王がこんなにも近くにいながら、この村が何事もなく平和なのも、納得がいった。
「あの時、殺そうとしてすまなかった。危うく、お前の母さんの命を奪うところだった」
ウバーが頭を下げた。
「もう、いいよ。僕だって、あの時は何で助けようと思ったのか、自分でもよく分かってなかったし」
二人の間にできてしまっていた溝も、無事に埋めることができた。
「さて、次は今後の話をしようと思う。俺にとっては、むしろここからが本題だ」
アッサムとウバーの和解を見届けると、カーネルが神妙な顔つきになった。魔王がアッサムの母ディメルだった、以上の話題があるとは思わず、15歳達は困惑した。
「もう魔王じゃなくてディメルと呼ぶぞ。ディメルはこの三日の間、どこかへ行っていた。そして、瀕死で返ってきた。魔物の大群を蹴散らした女が、だ」
昨晩のことを思い出す。背中で、だんだん弱っていく彼女の息遣いが、リアルに蘇る。
「魔王より強い存在が現れたかもしれない――そういうことですか」
ウバーの問いに、カーネルは首肯をもって答えた。




