質問、詰問
数時間前にアッサムが寝ていたソファーに、今は、人間の最大の敵である魔王が寝かされている。虫の息で、放っておけば彼女の命は儚く燃え尽きるだろう。その彼女の傍で、アッサムは人生で初めての土下座をしていた。
その場に同席している幼馴染二人とカーネルは、困惑を隠しきれない。三年もの間、その首を追いかけた相手なのに、その相手を助けるために頭を下げているのだ。
「アッサム、分かってるのか? そいつは魔王、人間の敵だ。回復させた後に、この村で暴れない保証なんてない。大人しく森に帰ったとしても、そんな奴を助けたとなれば、この世界の人類全てを敵に回すかもしれない」
「分かってる」
「村ぐるみで助けたんじゃないかと疑われて、最悪、村を滅ぼされる可能性だってあるんだ。お前は、この村の人たちが理不尽に殺されてもいいっていうのか?」
「……」
「アッサム一人のわがままで、みんなの人生がぶち壊されても、いいのか!」
村長が、徐々に怒気を含んでいくウバーの肩に手を置いて、落ち着くように目で合図をした。
「アッサム。お前は、どうして魔王を助けたいんだ?」
カーネルの声に、非難も嘲笑も含まれていなかった。純粋に理由を知りたがっている問いかけだった。
「分からない……。分からないけど、このまま死なせたらいけない気がした」
「そんな曖昧な理由で――」
「ウバー。最後まで聞こう?」
今度は、ダジリンが割って入った。彼女とて戸惑っていないわけではなかったが、アッサムが頭を下げてまで懇願するからには、ただの人と魔物という関係を超えた理由があるのだと感じたのだ。十年以上も一緒に育った幼馴染だ。言葉ではうまく伝えられない、理屈の先にある想いを、知覚とは違う感覚で共有していた。
「確かに、こいつは魔王だけど、ずっと生かしてくれてる。三年も追いかけてるのに、僕はこの通り生きてる。ずっと泉にいて、僕の相手をしていた。きっと、その間、誰の命も奪ってないと思うんだ」
誰も反論しなかった。アッサムの予想に過ぎない考えは、事実だったからだ。この村の人間はもちろん、ウバーやダジリンが訪れた先々でも、魔王によって人の命が奪われたという話は聞かなかった。
「どう言っていいのか分からないけど……人間が一方的に魔王を悪く言ってるだけで、実は魔王は悪い奴じゃないのかもって、思う。三年も会えば、いくら僕がばかでも、それくらいは分かる」
同齢の二人は、顔を見合わせ、そしてソファーの彼女へ視線を移した。姿形こそ魔王だが、悪逆非道な存在かと問われれば、即答できない。彼女が暴れ回る姿を見てもいなければ、聞いてもいないのだから。
「ダジリン。そいつを回復してやってくれるか」
カーネルから信じられない依頼をされたダジリンはもちろん、ウバーも面食らった。懇願した本人であるアッサムですら、顔を上げて呆然としていた。
「か、カーネルさん! 正気ですか!」
「ああ、歳は食ったが、ボケちゃいない。責任は村長の俺が取る」
「カーネルさん……。いいんですか」
「アッサム、お前が言い出したことだろうに、なんて顔してるんだ。俺はお前のただの感想に同意だ。これだけ近くに魔王がいながら、今の今まで村が平和だったってのが、何よりの証拠だ」
村長の意見とあっては、さすがのウバーもこれ以上の反論はできなかった。ダジリンは戦々恐々としながらも、彼女の傍に近づいた。
「心配すんな。そんだけの手負いだ、回復したってすぐには目を覚ましはしない。昨晩のアッサムがそうだっただろう」
それを聞いて安心したのか、ダジリンは躊躇なく手を翳し、魔王に回復術をかける。傷だらけだった彼女の肌がみるみる回復し、美しい少女に戻っていった。カーネルの言った通り、彼女は目を覚ますことなく眠り続けていた。
「ダジリン、ありがとう。本当に……ありがとう」
「いいのよ、アッサム。魔王さんを回復するなんて、貴重な体験しちゃったね」
世間に知れたら非難の的にされるかもしれないというのに、あっさりした返事だった。この先、ダジリンに矛先が向けられるようなことがあれば、絶対に自分が守ろうと誓った。
「ウバー、ごめん」
「やってしまったものは、もう仕方ないさ。それに、君が言うように、角さえなければ、普通の美少女だ」
「ほう、アッサムはこういう顔が好みか。まあ、悪くない趣味だな」
「僕は美少女だなんて言ってない! カーネルさんも、悪ノリしないでください!」
顔を赤くしていては、いくら言葉で否定しても効果は薄い。ここに魔王を運んできたときとは打って変わって、穏やかな空気になった。
「いったんはこれで良い。だが、この後が問題だなあ。夜とはいえ、角の生えた女をお前達が運んでいる姿を、村の誰かに見られたかもしれない。元気になったからといって、真昼間に堂々と村を歩かれるのも困る。どうしたもんかなあ」
アッサムは連れてくるのに必死で、周りの目を気にしている余裕などなかった。カーネルに指摘されて初めて、やってしまった、と思った。回復する許可をもらうだけなら、村の中に運ぶのではなく、カーネルの方を村の外まで連れてきてもよかったのだ。背負った彼女の息があまりにも弱々しいので、そこまで考えが回らなかった。
アッサムは軽はずみな自分の行動を反省したが、ウバーは別のところで違和感を覚えた。
「カーネルさん。もしかして、彼女を知っているんですか?」
「……どうして、そう思うんだ」
質問に、質問で返す。これは、イエスの返事をしているのと同義だ。それを理解した上で、ウバーは畳み掛ける。
「さっきのカーネルさんの発言を聞く限り、目覚めた魔王がこの村を襲う可能性なんて全く考えていないように感じました。それだけじゃない。起きた後の対応を、魔王と会話して解決しようとしているようにも思えます。自分の話に耳を傾けてくれることが分かっているとしか思えない。そんなことを確信できるのは、相手が知り合いのときだけだ」
「お前は昔から洞察力に優れていたが、世界を旅してさらに磨きをかけたようだな」
「論点をすり替えても、おれは同じ質問を続けますよ」
アッサムは二人のやりとりを見守るしかできなかった。カーネルは、魔王について詳しく語ってくれたことはなかったが、それは、カーネルが魔王と戦ったことも会ったことも無いからだと思っていた。ウバーの理路整然たる考察が、それを覆した。
「カーネルさんが、魔王さんと知り合い……? 魔物はあたしたち人間を見ると襲ってくるのに、知り合いになれるの?」
「そんなことは、おれは知らない。だけど、現にアッサムは魔王と会話しているし、三年も戦っているんだ。それはもう知り合いみたいなものじゃないか。アッサム、君はどうやって魔王と会えたんだ」
黙り込むカーネルは諦め、今度はアッサムに問いを投げる。
「どうやってって言われても……。森を歩いていたら、泉に出て、そこにたまたまいたところに出くわしただけで」
「その泉に、どうやって辿り着いたのかと聞いている」
質問が、詰問に変わった。初対面の魔王に負けず劣らずの圧に、思わず竦み上がる。もう一人、黙り込む人間が増えただけだった。ウバーの納得いく答えなど、アッサムは持ち合わせていない。その詰問にも、「どうやってって言われても……」としか言いようが無いのだ。
「おれ達は近距離で歩いていたのに、君は突然消えた。いくら呼んでも、返事がない。ダジリンと探していたら、靄がすっと晴れて、魔王を背負った君が現れた」
「確かに、ウバーの言う通りだったよ」
ダジリンの同意で追い風を得たウバーは、黙る二人にさらなる追い打ちをかける。
「おれもダジリンも泉の存在なんて知らないし、今日も辿り着けなかった。それなのに、君だけが辿り着いた。君は何らかの手段で泉に行けたが、その手段を知らないおれ達は行けなかったとしか思えないだろう。それに、昨日、カーネルさんは泉の存在を知ってると言った。二人は、おれ達に何を隠しているんだ」
たった二人の幼馴染に疑いを向けられ、アッサムは心底傷つき、動揺した。何も隠してなどいないのに、なぜ自分がここまで非難されるのか。もう、何を信じていいのか分からなくなった。




