魔王とアッサム
「今日という今日こそ覚悟しろ!」
アッサムは鉄の剣を振り下ろした。
がつん、と音が鳴った先は、誰もいない地面。眼前に居たはずの敵はいつの間にか背後に回り、アッサムの後頭部をデコピン――おでこではないので、後頭ピン?――した。
がごん、という、デコピンの音とは思えない音がした。
「いっでええええ!」
剣を手放した少年は、両手を後頭部にあてて転げ回った。手で感触を確かめる限り、頭蓋骨の陥没は免れたようだ。それでも、痛いものは痛い。
「毎日毎日、懲りないねえ、アンタも」
アッサムを転げ回らせる原因を作った敵――魔王は、呆れ顔で嘆息する。全身を黒い衣装で身に包み、布とも皮ともしれないそれには、ところどころに棘のような出っ張りがある。額に二本の角を頂いている点を除けば、長く美しい黒髪にきりっとしたつり目の美しい少女だ。
「いい加減に諦めなよ。この三年、アタシは武器すら出してないんだよ」
「う、うるさい! 僕はお前を倒さないと、剣士になって魔王退治に出かけられないんだ!」
「いや、魔王はアタシなんだけど」
「剣士になるのと、魔王退治と、どっちも一気にやってやる!」
「アンタ何がしたいのよ」
剣士になる目的が魔王退治なら、彼女を倒せばそれで終わりのはず。手段と目的が一緒くたになってしまっているこの状況で、アッサム自身もどうしたら良いのか分からなくなっていた。
負けても負けても挑み続けているのは、もはやただの意地だった。
「まったく。まる三年ストーカー皆勤ぼうずめ」
「変なあだ名つけるな!」
「はいはい。本当に理解に苦しむわ。チュートリアルだかなんだか知らないけど、アタシで力試ししようなんて百三十憶年早いのよ」
アッサムに背を向け、彼女は歩き出した。一人残された少年は、悔しそうに歯を食いしばって、地面に拳を打つ。
そして、既に消え去った彼女に向かって、叫んだ。
「チュートリアルに魔王が出てくるなんて聞いてない!」