1話
俺は吸血鬼だ。
神が最初に世界を創造されたと同時に、創造された幾つかの原初の生物の1人である。故に、他の吸血鬼からは【原初】の吸血鬼などと敬われたりもしている。その時、俺以外にも創造された生物もいた。そいつらは俺と同じく、
〈【人間】をできる限り観察し、守れ。〉
と言う使命をもらった。
最初はよかった。同じく、最初に神に創造された連中と馬鹿やったりして、時には神が一番愛している生物、人間を観察してみたりと、やる事が沢山あった。
しかし、時が過ぎていくにつれて、俺と親友だった神話の生物達も何人か居なくなり、増え過ぎた吸血鬼達が人間を襲い始めたせいで人間からは敵対生物と認定され、【原初】の吸血鬼である俺は魔王などと恐れられた時代もあった。
俺は神が愛している人間に手を出す気はさらさらなかったが、あちらの方から攻撃してくるので対処に困る時もあった。挙句の果てには部下達が暴走して、人間達を絶滅寸前まで追い詰めてしまったため、愚かな一部の吸血鬼達を処刑し、吸血鬼族の前から俺は姿を消した。
それからいろんなところを巡り歩いたが、時が流れていくにつれて人間達は同じ種族同士で争い始めるようになった。所詮神が愛した生物もそんなものかと俺は知った。
ーーーそして俺が創られてから約一万年ほど経った。
俺は今、人間の街にいた。
灰色のローブを身にまとい、一本道をトボトボと歩いていた。道の端には親がいない子供達や、食にあぶれて生きる事が困難になってしまった人たちが倒れている。その中には既に死体となり、虫にたかられている者もいる。動かない母親にしがみつき、必死に泣いている子供もいる。ここはいわゆるスラム街という場所だ。
そこは、地獄だと、俺は思った。
表では貧乏人からお金を貪り取る裕福な金持ちがいる。貧民や奴隷の扱いなど知らない裕福な貴族の子供達もいる。同じ種族なのにこの差は何なのだと俺は思った。
俺は既に生きることに疲れていた。同じ神話の生物達も人間達に愛想が尽きて保護することをやめたり、干渉することをやめたり、やることがなくなって自分で存在を消滅させた者もいた。俺も愛想が尽き、保護をやめようとした。しかし、俺だけはやめれなかった。やめようと思うと頭の中で、
〈人間達を観察し、保護せよ〉
という、言葉が繰り返し浮かび上がり、その声は俺が観察を再開するまで頭の中で鳴り響き続けた。
そして一万年、俺はもう限界だった。【原初】の吸血鬼である俺は血を飲まなくとも生きられるが、何か食べ物を食べないと人間と同じように生きられない。自分で自分の肉体を傷つける事は肉体が強固過ぎるので不可能なため、俺は餓死しようとしていた。すでに1ヶ月食事を抜いていて、人間よりも多少はタフな俺でも限界に立つところまで来ている。
「うっ……」
ドサッと派手な音を立てて前から地面に倒れ込む俺。どうやらそろそろ命の火が尽きようとしているようだ。
思えばここまで長かった。
神たちから創造されて一万年、飽き性な俺にしてはなかなか頑張ったほうだろう。脳内に生みだされてからの走馬灯が流れる。
嗚呼、ただ一つ、心残りがあるとするなら…
(すみません神様。俺には貴方が抱く、人間の可能性って奴は最後まで分かりませんでしたよ)
目の前が暗くなっていき、すうっと意識が遠くなっていく。
ーーーーねぇ。
意識が途切れる前に目の前で若い女の声がした。
ーーーー聞こえてる?私は貴方に話しかけているのよ。
ああ、五月蝿い。世界は俺を静かに死なせてくれもしないのか。
ーーーー五月蝿いわね、黙って私に救われなさい。
そんな声がするとがっしりとした腕に体を持ち上げられる感覚がした。
そこで、俺が繋ぎ止めていた意識も力尽きる。
意識が完全に途絶える前に声が聞こえた。
ーーーー絶対に、助けてやるんだから。