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帰ってきた猫海賊

 ――時は少し戻る。

 それはジーニャスが猫の島で猫神に修業を付けてもらっていたときのことだ。


「我が曾孫、ジーニャス。やはり妾の才能を受け継いでいたようにゃ。これにて修業は終了にゃ」

「は、はい……ありがとうございましたにゃ」


 そこは霧煙る山の中。

 東の国風の修業装束に身を包んでいたジーニャスは、猫神にペコリとお辞儀をした。


「それじゃあ、船に乗ってノアクル様と合流を……」

「そのことなんじゃが、そう悠長にはしていられないにゃ」

「にゃ?」

「どうやらノアクルは、もう死者の島に到着しているにゃ」

「にゃ、にゃんですってー!?」


 ジーニャスは死者の島の詳細な場所は知らないが、今すぐそこへ駆け付けることができるような距離ではないというのはわかる。

 つまり、修業をしていたのも間に合わなければすべて無駄ということだ。


「がーん……ですにゃ……」

「そこで我が曾孫に朗報だにゃ」

「にゃにゃ?」

「実はディロスリヴの羅針盤に細工をしていてにゃ。その持ち主の大体の位置がわかるし、それを触媒にして転移の着地点として設定することができるのにゃ」

「さすが曾お婆様、神ですにゃ! 急いでやってほしいにゃ!」

「では、服を脱ぐのにゃ」

「……にゃ?」


 ジーニャスは何を言われたのか一瞬理解できなかった。

 かなりマジメな話をしている最中なので、いつもの冗談では無いだろう。


「なんで服を脱ぐのにゃ?」

「遠距離への転移というのはとても繊細にゃ。生身の肉体だけでも大変で、服なんて邪魔なものがあったら成功率が下がってしまうのにゃ」

「にゃるほど……」


 たしかにそんな気がすると思い、ジーニャスは服をスルッと脱いだ。

 修業装束なので下着もなく、全裸になってしまってかなり恥ずかしい。

 だが、そんな些細なことで転移が失敗してしまうわけにはいかない。


「それじゃあ、飛ばすにゃ。微調整はジーニャス本人がするにゃ。修業の成果を見せるんだにゃ」

「はいにゃ!」

「――神術〝千里跳躍〟」


 猫神が手をかざすと、ジーニャスは細かい光の粒となって空の彼方へと飛んで行ってしまった。

 見送る猫神はポツリと呟いた。


「まぁ服があったら成功率が下がるというのは嘘なのにゃ。ノアクルも殿方……おなごの裸体には弱いはずにゃ。早く玉の輿ゲットしてくるがいいにゃ、我が曾孫よ」




 ***



「にゃあああああ!? これやばいにゃああああああ!?」


 不思議な光に変換されて、長距離を飛ばされている最中のジーニャスは絶叫していた。

 流れる景色が速すぎるし、地に足が付かない感覚というのも怖い。

 高いところから落ちる瞬間に心臓がフワッとするような感覚――あれをずっと味わっているかのようだ。

 虹色めいた光の道を強制的に超スピードで飛ばされるも、しばらくすると多少は制御できるとわかってきた。


「上下左右、速度……修業でやった感覚を思い出すのにゃ……!」


 そうしている内に海上都市ノアが見えてきた。

 スピードが速すぎるために一瞬にして近付いて行くのだが、このままだと激突、もしくは〝壁の中にいる〟とでもなってしまうだろう。

 ジーニャスは上手く速度を下げつつ、着地しやすい甲板の場所へと制御する。


「……あと、恥ずかしいから人が少ない場所がいいにゃ」


 乙女心で多少の条件を追加しつつ、着地に成功した。

 たぶん誰かが見ていたら『突然全裸の船長が現れた!?』となるだろうが、誰もいなかったのでセーフだ。

 急いで人目に付かないように自分の部屋へ移動して、いつもの海賊の服へと着替えた。


「誰にも見つからずよかったにゃ……。下手をしたら露出狂と間違えられたにゃ……」


 そのまま急いでノアクルのところに向かおうと思ったのだが、手にした海賊帽を落としてしまった。


「あっ」


 不思議な動きでコロコロと転がってしまう。

 父から受け継いだ海賊帽なので、無くすわけにはいかない。

 逃げる海賊帽を追いかけ続けると、そこは格納庫――またの名をノアクルのゴミ置き場だった。


「これは……使えるかもしれないにゃ」


 ジーニャスは準備を終えてから、死者の島へと上陸した。

 そこに佇む〝死と再生の海神ディロスリヴ〟の姿もうっすらと認識できたが、今は気にしている場合ではない。

 身軽な獣人の身体を活かして、猫のように走り、跳んだ。

 行く先を遮る闇をものともせずに進み、崖下にノアクルたちが見えた。

 どうやらかなりのピンチらしい。


「頑張れ私、修業の成果を見せるにゃ……! 神術〝百機招来〟!」


 ジーニャスの足元が揺れ始めた。

 否、足元から何かがせり上がってきたのだ。

 それは美しい形をした船、父が残した形見、ジーニャス海賊団の魂であるゴールデン・リンクスだった。


 なぜ船を大地に召喚したか?

 それはジーニャスが持つ特異な才能にあった。

 彼女は海の上では無類の天才っぷりを発揮するが、陸となるとただのポンコツ少女となる。


 これでは陸で戦えない。

 だが、陸の上に船を召喚することによって、強引に自分のフィールドに仕立て上げて本来の才能を陸でも発揮するという戦法だ。


 ……なお、ただ強引に船を陸に召喚して、神術の台座に固定しただけなので船は動けないし、置きっぱなしになるという馬鹿げたリスクもある。


「そしてぶっつけ本番、格納庫にあった古代兵器たち! なんか知らない内に直ってたにゃ!!」


 この古代兵器たちはノアクルが回収して、スキル【リサイクル】で修理してみたものの動かずに置かれていたものだ。

 それを密かにピュグが通い詰め、細かな調整を施して動くようにまでしていたのだ。

 巨大なゴールデン・リンクス、それと並び立つ古代兵器たちが次々と戦闘モードを起動していく様は壮観である。


「お待たせしましたにゃ! ジーニャス海賊団船長、ジーニャス・ジニアス。今ここに猫神様の修業から戻りましたにゃ!!」


 こうして、ジーニャスはノアクルと合流したのであった。

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