ノアクルVS最強の獣人闘士スパルタクス(Aランク)
翌日、地下闘技場でノアクルとスパルタクスの対戦カードが組まれた。
ノアクルはもう慣れた手つきで闘士用のマスクをかぶり、入場口から観客に手を振りながら進んでいく。
一際高い一等級観覧席にゴルドーとローズがいるのが見える。
ゴルドーは極上の試合で良いところを見せようとして、今回は自分でアナウンスをするようだ。
『皆の者、よく聞けぇ~! 私はゴルドー・ブラッシ! このラストベガの領主にして、地下闘技場の主催者だぁ!』
オォォー! という歓声が会場中から上がる。
類は友を呼ぶという言葉もあり、どうやら悪徳貴族だらけのここでは人気のようだ。
『本日は私が贔屓にしているスパルタクスのめでたき復帰戦……。そこで勝者には、この私が直々に望みの賞品を聞いてやろうと思うぞぉ!』
おとぎ話ならばまだしも、現実で『望みの賞品』などと言う輩は詐欺師である。
どうせゴルドーが想定する物を言わなければ、機嫌が悪くなって賞品の選び直しか、取り消しを言ってくるのだから。
しかし、これはチャンスである。
勝利すればゴルドー――の隣にいるローズに近付くことができる。
反対側の入場口からやってきたスパルタクスに目配せをする。
「わかっているな……? 勝った方がローズを助ける」
「了解だ……」
「そのあとは俺の仲間が何とかしてくれる……はずだ。はずだよな……?」
観客の中に海賊っぽい者が紛れているような気もするが、ただの他人のそら似の可能性もある。
あのジーニャスがまたポンコツを発揮している可能性も特大だ。
ここは格好良く『俺は仲間を信頼しているからな!』とキリッと言ってみたいが、ノアクル的には不安になってしまうのも当然である。
「まぁ、様々な杞憂はあるが……ゴルドーに警戒されないために本気で戦う必要がある。頼むぞ、スパルタクス」
「わかった、殺す気でいく……」
「死なない程度で頼む」
どうやら、酔っていないスパルタクスはさらに口数が減るらしい。
言葉が冗談かそうじゃないかわかりにくく、どうやっても友達にはなれそうにないタイプだと思ってしまった。
『では――超新星ノアクルVS最強の獣人闘士スパルタクスの試合を開始だぁー!』
試合が始まった。
ノアクルは構えて、スパルタクスの出方を窺っていたのだが――
「来い……」
指をちょいちょいとされて、挑発のようなことをされた。
どうやら先に一撃入れろということらしい。
「それならいかせてもらう!」
止まっている相手への最大級の攻撃とは何か?
大振りなストレートパンチか? いや、違う。
腕よりも筋肉量のある脚を使い、全体重をかけた蹴りだ。
対物でよく使われる言葉「ドアを蹴破る」というのも、殴るより蹴る方が強いからである。
「せぇいッ!!」
ノアクルは全力でダッシュして、その体重すべてを蹴りに集中させる。
通常なら人体を破壊する威力だ。
狙うは急所である鳩尾。
全身全霊の蹴りがそこへ刺さった――はずなのだが、大木を相手にしているようにビクともしない。
「人間よ、レティアリウスが褒めていたから期待したのだが、この程度か?」
「スパルタクス……バケモノかよ……」
鍛え上げられた腹筋が脈動し、ノアクルの全体重を押しのけた。
「では、こちらからも挨拶の一発だ……」
親切にも宣言をしてくれたので、ノアクルは両腕でしっかりとガードを固める。
拳と拳の隙間からチラリと見えたのは、身長二メートルのバケモノから繰り出されるジャブだ。
最初に拳圧を感じて、そのあとに衝撃が来た。
「うおぉ!?」
「軽いな。だが、そのおかげで木の葉のようにダメージを回避したのか?」
人間基準でいえば、ノアクルは決して軽くはない。
しかし、今くらったスパルタクスの拳の重さからして、あちらの体重は全身筋肉で密度が違うのだろう。
ノアクルは吹き飛び、転がり、軽い脳しんとうを起こしながら、フラフラと立ち上がる。
「おいおい……熊と戦ってもこうはならないだろう……」
骨格、体格、筋肉、反射神経、戦闘センス。
そのすべてが最大級まで磨き上げられている。
そんな筋肉の塊である最強の獣人に、同条件の人間が勝てるはずもない。
きっと本気の北極熊と素手で戦った人間なら同じ感想を持つはずだが、残念ながらそんな人間は生存していないので話を聞けないだろう。
「これが最強の獣人ってやつか……」
「どうした、怖じ気づいたか? 次の一発を待ってやる」
強者ゆえの余裕なのだろう。
たしかに、現状ではノアクルを警戒する意味は薄い。
それほどの差があるのだ。
「レティアリウスを倒した気功の力を見せてみろ」
どうやら変な勘違いをされてしまっているらしい。
今のノアクルはそんな力は使えない。
その勘違いに思わず噴き出してしまう。
「ぷっ、ふはははは!」
ノアクルは笑いながら地面の土を集めて、それをスパルタクスの顔面に向けて投げつけた。
「……何をしている?」
「ほれ、お前に相応しい一発だ」
「……それが答えか。いいだろう」
スパルタクスが踏み出し、一歩ずつ前に進む。
それだけで地響きが聞こえてくるような迫力だ。
徐々に速度を増し、壁際にいるノアクルに向かってダッシュストレートを放つ。
轟音。
「うおっ、あぶねぇ!!」
ギリギリの回避。
あと一瞬遅かったら顔面が潰れたトマトのようになっていただろう。
代わりに、観客席を隔てる石壁が吹き飛ばされていた。
「う、うわぁー!? 破片が飛んできたぞ!?」
「ひぃぃぃぃ!!」
そこにいた貴族たちは大混乱だが、そのエリアは比較的地位の低い貴族たちなので周囲は気にしない。
崩れた石壁による瓦礫が大量に出て、砂煙がモクモクと舞い上がって両者の視界が遮られた。
「それじゃあ、今度は俺の一撃だ」
「砂をかけて、逃げ回るお前の器は知れた。無駄なことだ……」
「そうかな? だったら、お前よりも大きな拳を食らわせてやろう」
「なっ!?」
砂煙から見えてきたのは、その言葉通りの巨大な拳だった。
成人男性よりもサイズがある岩石の塊だ。
それは先ほど崩れた石壁をスキル【リサイクル】で再構成したものだった。
ノアクルの腕にガッチリと装着されていて、上空からスパルタクスを狙っている。
「どうだぁぁぁあ!!」
「ぐぬぅぅぅッ!?」
数十トン単位の衝撃がスパルタクスを襲う。
信じられないことにスパルタクスは避けずに、それを受け止めた。
人類ではなくモンスタークラスの戦闘力だ。
「おいおい、マジかよ……」
「……見事」
数秒してから、スパルタクスは倒れた。
同時にスキル【リサイクル】で作った巨大な拳も崩壊した。
あまりの戦いに息を呑んで無言で見守っていた観客たちだったが、勝者が決定して大歓声をあげ始める。
『勝者……超新星ノアクル……』
「「「「「ウオォォオオオオオオ!!!!」」」」」