闘技場最強の負け犬
次の日から、自由に施設の中を歩けるようになった。
意外と中は広く、闘士たちの住居や、遊戯室、酒場まで用意されてる。
そこでスパルタクスのことを聞くと、すぐに獣人たちは話してくれた。
「あの方はオレたちの英雄さ!」
「群れが奴隷商人たちに襲われたときも、最後まで身を挺して守ってくれようとした」
「獣人たちの誇り! 鍛え上げられた鋼の肉体、崇高なる精神、最強の存在!」
誰も彼もが口を揃えて称える。
しかし、今は――というところになると弁舌の勢いが落ちた。
「今は……ちょっと調子が悪いだけさ……」
「どうやっても避けようのないことだったのに……心を痛めちまった……」
「優しいからこそ、自分が許せないんだろうねぇ……」
そのスパルタクスがいるらしい酒場へ向かった。
バーテンダーの獣人にどこにいるか聞くと、カウンターで飲んだくれている男を指差してきた。
一瞬、ただの人間かと思ったが、ケモノの耳がついているので獣人の血が薄いタイプなのかもしれない。
「お前がスパルタクスか」
「……そうだ」
「俺はノアクル。レティアリウスの紹介で来た」
「……知ってる」
「それなら話は早い、闘技場で戦え」
「……断る」
スパルタクスは言葉少なめにそう言うと、グイッとコップの中の酒をあおった。
バーテンダーに空のコップを向けて酒を催促している。
「す、スパルタクスさん……毎日そんなに飲んでちゃ身体に毒ですよ……」
「んっ……」
スパルタクスが再びコップで催促をして、バーテンダーは渋々酒を注いだ。
ノアクルはその酒の入ったコップを取り上げた。
「……返せ」
「スパルタクス、お前は八百長試合をしてしまったことを悔やんでいるのか?」
「……さぁな」
その反応からして、獣人たちに聞いたことは本当らしい。
ローズが賭けた試合、八百長でわざと負けたのだ。
今のノアクルなら攻めてしまいそうな心情だが、八百長で負けない場合は何人か獣人を殺すとゴルドーに脅されていたらしい。
どうすることもできなかったのだろう。
「大方、自分たちを助けようとしてくれたローズを『結果的に陥れてしまった』と悔いているのだろう?」
「……酒を返せ」
「獣人ってのは、お前みたいな負け犬の姿がお似合いのようだな」
「僕はどうでもいい。だが、種族はバカにするな……!」
スパルタクスはヌッと立ち上がった。
ノアクルよりもかなり身長が高く、二メートル近くはあるだろうか。
太い腕でノアクルの首を掴み、片腕で持ち上げてしまった。
そのハンサムな顔は怒りの表情で歪んでいる。
「そのナリで自分のことを〝僕〟って呼ぶのか……」
ノアクルが軽口を叩いたにも関わらず、スパルタクスはすぐに冷静になって力を緩めた。
どうやら最初から本気ではなく、脅し目的だったらしい。
ノアクルはストンと着地する。
「もう僕は誰とも対戦したくない。帰れ……」
「俺と対戦することが、ローズを助けることに繋がるとしても、か?」
「……何だと?」
どうやら獣人たちから称えられるスパルタクスの名は伊達ではないらしい。
その目にはまだ反骨心溢れる炎が宿っていた。
「だから、明日……俺と本気で戦え。最強の獣人よ」
***
いつもの部屋に戻ってから、ノアクルはホッと一息吐いた。
「お、おい兄弟。もう噂が広がってるぜ……。明日、あの最強の獣人闘士スパルタクスと戦うって……」
「ビックリするくらい噂が広まるのが早いな」
「なんたって、戦いを拒絶していたスパルタクスが対戦カードを自ら望むなんてなぁ。訓練士ドクルの野郎だけじゃなく、ゴルドーすら驚いたらしいぜ」
どこまでが本当かはわからないが、スパルタクスがそれほどの存在だというのは何となくわかった。
その存在と実際に戦うのは自分なので、悪い気はしない。
「そういえば、スパルタクスってどんな感じで戦うんだ?」
「兄弟、そんなことも知らずに戦おうとしてたのかよ!?」
「ど、どういうことだ?」
トラキアは心底、呆れた表情だ。
「やれやれだぜ……。スパルタクスは無敗の漢だ……例の一試合を除いてな」
「強要されたイカサマ試合以外は無敗……。何か攻略法はないのか? 打ち破れそうな特徴とか……」
「ない。スパルタクスは真っ正面からぶちかますスタイルだから、特に弱点というものがない。その身体は鋼のように強靱で、動きは豹のように素早く、拳は相手の骨だけじゃなくて観客席を守る石壁すら砕くって話だ」
「何そのパーフェクト獣人」
「噂じゃ、ABCランクの全員が束になっても勝てないらしいぜ」
それを聞いたノアクルは乾いた笑いしか出なかった。
「ハハハハハ……。『俺と本気で戦え』って啖呵切ったの、ミスったかな……?」
「兄弟、お前のことは忘れないぜ……」
ノアクル……良い奴だった……。





