世界が終わらなかった日
戦いが終わってノアクルはボーッとしていた。
ここは王城の中でも被害が少なかった部屋だ。
懐かしい母親の遺品なども残っているし、幼少期の思い出もある。
そこの椅子に座り、何の気なしに窓の外を眺めている。
「終わった、のか……」
アルケイン王国で虐げられ、ゴミ流しの刑として追放され、仲間を作って戻ってきた。
そこで国を腐敗させていた元凶のランドフォルを討つことが出来たのだ。
過去の因縁を断ち切った、とでも言うのだろうか。
最後に父親と少しだけわかり合えた気もする。
別に悲しくは無いが、何かやる気が出ない感じだ。
「はぁ~……」
「ノアクル様が溜め息だなんて珍しいですにゃ~」
いつの間にか近くにジーニャスがやってきていた。
「ドアをノックしたけど反応がなかったですにゃ」
「そうか、悪い」
「ノアクル様っぽくないリアクションですにゃ~……」
「それにしても珍しい格好をしているな」
ジーニャスはいつもの海賊服ではなく、舞踏会で見るようなドレスを着ていた。
「しかも、女性の格好に気が付くだなんて……重傷ですにゃ~……」
「いや、さすがにそれだけ変わってれば気が付くだろ。前髪を切ったくらいならわからんが」
「にゃはは」
ジーニャスはテーブルを挟んだ向こうの椅子に座った。
「ここ、いいですかにゃ? 王子様」
「もう座ってるだろ、好きにしろ」
「光栄の極みですにゃ~」
そう少し冗談っぽく言ってくる。
今日のジーニャスは普段より心の距離感が近い。
「復讐してどうでしたかにゃ、ノアクル様」
「復讐……か。そういえば、復讐か、これ」
虐げられた原因も、家族をメチャクチャにされた原因もすべてはランドフォルのせいだ。
意識はしていなかったが、世間から見たら立派な復讐だろう。
「スカッとしましたかにゃ?」
「いや、全然」
「にゃはは、私の場合は結構スカッとしましたにゃ」
「同じ復讐仲間でも、それなりに違いはあるんだな」
「ですにゃ~」
視線を窓の外からジーニャスに移すと、彼女は優しい眼をしていた。
そこで恥ずかしながら初めて気が付いた。
心配して話しかけてきてくれていたのだと。
「まぁ、ありがとな。ジーニャス」
「好感度ゲットですにゃ。王妃の座も近いですかにゃ~」
「それもいいかもな、考えておく」
「にゃっ!?」
ジーニャスはからかったつもりだったのだろうが、逆に慌てて赤面してしまっている。
「こ、これはやっぱり重傷だにゃ……」
***
ジーニャスからのアドバイスで、外の空気でも吸ってこいと部屋を追い出されてしまった。
街に出ると騒ぎになるかもしれないので、城の中庭を散歩することにした。
まだ慌ただしく動いている者もいるので、なるべく静かなところを一人で歩く。
「ここも懐かしいな。いや、故郷だから当たり前か……」
少し寂しげに呟いてしまう。
そうしていると、遠くから走ってくる者がいた。
「殿下ー! 探しましたわ!!」
「ローズか」
ローズは書類を持ってこちらに見せてきた。
「殿下! これからのことですが――」
「あー、うん。任せる」
「えっ、あの、任せるとは……!?」
「ローズならうまくやってくれるだろ」
「そ、そうではなく……」
ローズが何を言いたいのかわからないが、こちらの表情を見て困惑しているようだ。
よっぽど覇気がないのだろう。
「殿下……大丈夫ですか?」
「ああ、どこも痛くない」
「身体ではなく……その……」
いつも踏み込んでくるローズだが、今日はどことなく言葉を選んできている気がする。
珍しく長考している。
「どうした?」
「叔父様……いえ、レメク王のことはお悔やみ申し上げます……」
「昔みたいに叔父様呼びで良いと思うぞ」
「……はい」
他の者と違って、ローズは従妹だ。
そのためにレメク王とは叔父と姪の関係であり、面識もそれなりにある。
事情も知っているので気を遣っているのだろう。
ローズは今後のための書類を後ろ手に隠してしまった。
「殿下……お疲れなら、しばらく休養をお取りになっては如何でしょうか」
「ああ、それも良いのかもな」
「はい、それが良いですわ」
ローズは少し寂しそうな笑みを見せてきた。
***
何となく城の屋上へ行ってみた。
するとそこにはムルとアスピが何かを話していた。
「この少し蘇った記憶からすると、ムル……お主は……」
「うん~。隠しててごめんね~」
二人はすぐに、こちらに気が付いて声をかけてきた。
「あ~、ノアクルだ~」
「丁度良かった、お主に話があって――」
アスピもこちらの顔を見ると口ごもってしまった。
「いや、やっぱり何でもない。良い天気じゃのぉ」
「さすがに何でもはあるだろう……」
思わずツッコミを入れてしまった。
「まぁ、世間話でもするかのぉ」
「世間話~」
アスピは明らかに誤魔化し、ムルもそれに乗ってきているようだ。
特に根掘り葉掘り聞く気もないし、世間話をすることにした。
「ランドフォルを倒したあと、みんな忙しそうじゃのぉ」
「そうだな、元凶を討てたとしてもこの国の問題が一気に解決するわけでもないし、傷痕も深いからな」
元々、資源大国として成り立っていたのはランドフォルのおかげだったというのもある。
そのランドフォルがいなくなったということは、無限に湧き出る資源に頼ることができなくなったということだ。
もっとも、元々ランドフォルは資源供給を戻す気もなさそうだったし、〝欲〟を味わうだけで人間の気持ちなど考える存在ではなかった。
遅かれ早かれ後遺症を遺す、麻薬のような存在だったのだ。
祖父の代で頼った時点でマイナスである。
それらの負債を今、ようやくどうにかしようとしているだけだ。
「お主の弟――ジウスドラとは、あのあと話しておらんのか?」
「ああ、俺と違って忙しそうにしてるよ」
ジウスドラはランドフォルを倒したあとのことも見越していて、色々と根回しを行っていたらしい。
早急にアルケイン王国を正常に戻すために奔走している。
国民たちも、敢えて愚者の仮面を被っていた王子として認識を改めているところだ。
そして、認識を改められているのはノアクルも同じだった。
「ノアクルも救国の王子とか言われておるじゃろ。〝棄てられ王子〟から一転して〝掬う王子〟とはなかなかにシャレが効いとるわい! って、どうしたのじゃ、ノアクル?」
「救国の王子……か。実感が湧かないな」
自らを追放した民すら助け、強欲の魔人ランドフォルを討ち取った。
民から見たら救国の王子に値する行動なのだろう。
しかし、それは本人からしたら――。
「ノアクルから悲しいニオイがしてる~」
「俺自身は悲しいだなんて思ってないけど、ムルはそう感じるのか」
「うん~。ひざまくらして、寝る~?」
それはムルからしたら慰めるための行動なのだろう。
「いや、気持ちだけもらっておく」
「ノアクル~、元気出してね~」
***
その夜、ささやかながら宴が行われた。
ノアクルはそんなことはしなくていいと言ったのだが、こんなときだからこそやらないといけないとアルヴァ宰相が強行してきたのだ。
乗り気ではないが、お礼の気持ちとして受け取っておくことにした。
テーブルに載る料理は久しぶりの故郷の味だったが、どこか空虚に感じられてしまった。
そのとき、いきなり肩をバシッと叩かれた。
「ゴミ王子! 宴を楽しんでいるでありますか!」
「ゴミ王子はひどいな、ステラ」
それは久しぶりのまともな食べ物で上機嫌そうなステラだった。
彼女はノアクルの言葉を聞くと、口に咥えていた骨付き肉を落としそうになって慌てて受け止めていた。
「え、あれ? まさかランドフォルに乗っ取られているでありますか……?」
「それだったら、もっとうまく演技してると思うぞ」
「たしかに……」
ステラはこちらの周囲を回りながら身体を観察してきた。
「身体に異常はなさそうでありますな……」
「ああ、元気だ」
「元気……でありますかなぁ……? ゴミ王子と呼ばれて喜ばないなんて……いや、それが普通でありますが、変人が普通に戻るというのが普通ではなく、うーん……」
「落ち着け。お前は海神様なんだろう」
ステラはこう見えても、元々はアルケイン王国で崇められていた海神だ。
何かの拍子に歴史から消えてしまったらしいが、そこらへんはよくわかっていない。
「そうは言っても感覚的に海神だとわかったくらいで、記憶が戻ってないでありますからな~。絶大なパワーを持つ本体の身体は置きっぱなしで、あんまり前と変わらないでありますよ」
「永劫回帰の海神ツァラストステラ、二対一体の双子龍か」
「そう言うと格好良いんでありますがね~……」
やはり本人としては実感が薄いらしい。
スキル【リサイクル】の真の力を引き出してもらったので確かに海神なのだろうが、ステラはステラとしか見ることができないのは、こちらも一緒だった。
「ノアクル王子」
「ん?」
「いつ海上都市ノアで海に出るのでありますか?」
「また無茶させてしまったから、しばらくは修理らしいぞ」
「そうでありますか~……」
「まぁ、直っても海に出るかはわからんけどな」
「え、それって……」
直後、宴の主役としてトラキアたちに呼ばれてしまった。
「おっと、救国の王子サマとして行かなくちゃならないようだ。またな」
「あ……はい……」
ステラは何か言いたげだったが、敢えて聞かないことにした。
次回は十一章エピローグで12月5日に更新されます。
同時に最強イカダ国家のコミカライズ一巻の発売日でもあります。
それと新連載も出そうかなと思っています。
異世界ファンタジー二作、異世界配信もの一作がキリの良い部分まで書き溜めている感じです。
一区切り付かないところまで書き溜めているのはロボット物一作と、ジャンルのよくわからない俺TUEEEEE物です。
うーん、どれを一番最初に投稿するか……。
というわけで、色々とありますがよろしくお願いします!





