兄弟の絆、ダブルスキル
ジウスドラには策があった。
一度目は先ほど失敗した。
だが、今――二度目を成功させなければ兄を失うことになる。
それだけは絶対にさせない。
肩を貸してくれていたツァラストに目配せをすると、コクリと頷いてくれた。
ジウスドラは自らの足で立ち上がり、ツァラストはその左手を取った。
「この身を委ねるぞ、ツァラスト――いや、永劫回帰の海神ツァラスト」
「アナタに力を」
この世界で最も偉大なる存在とされる海神の一柱、その乙女の口付けを左の手の甲に受けた。
ジウスドラの左手に、兄と同じスキル【リサイクル】の紋章が浮かび上がる。
それは二対の龍がお互いの尾を追う図形だ。
まるでジウスドラとノアクルのように互いを無限に信じ合うような。
「兄上、待たせました」
「遅いぞ、ジウス。子供の頃からどれだけ待ったと思っている」
ランドフォルの巨大な剣が天空から二十本降ってこようと、今は負ける気がしない。
「いくぞ」
「やりましょう」
右手と左手の拳の紋章を合わせ――
兄弟はその力を口にする。
『スキル【リサイクル】』
「なに……!? 我の質量を……!?」
スキル【リサイクル】は相乗効果を発揮し、一気に二十本の巨大な剣を再構成させた。
巨大な拳となったそれらは、逆にランドフォルへと降り注ぐ。
一発一発がとてつもない質量爆弾であり、衝撃による土煙は山のような大きさになっていく。
「やったかにゃ!?」
もはやギャラリーとして見学していたジーニャスが叫んだ。
「いや、不吉すぎるだろお前……」
思わずツッコミを入れてしまうノアクルだったが、その予感は的中したようだ。
「クソが……!! 舐めやがってよぉ……!! オレ様に本来の姿を晒させるとは許せねぇ……!!」
爆心地の煙が一気に吹き飛び、その中から変身したランドフォルが見えた。
身長は二メートルほどの筋肉質の男で、髪は怒髪天をつくようにとんがった緑色をしている。
顔も元のレメク王のように年相応の渋さではなく、十代の怒りにまかせたような薄っぺらい表情だ。
「それが本当のお前か? 口調まで変わって、随分と下品でしっくりくるな」
「うるせぇぞガキが!! うめぇ〝欲〟のために色々と手をかけていたってのに……テメェのせいで台無しだ、ノアクルゥ!! 潰れッちまえ――魔人スキル【悉く癈棄する故き強欲】ッ!!」
本来の姿を現したランドフォルは〝欲〟を得るための手加減を止め、巨大な剣、斧、矢、銃、ハンマー、果てはどこかの時代の古い建造物や世界遺産まで――ひたすら物量を飛ばしてきた。
なりふり構わない、魔人の猛攻だ。
「兄上、これではキリが無い」
「たしかにな」
二人のスキル【リサイクル】で防ぎきれるものの、防戦一方となってしまっている。
これでは人間側の二人の体力が尽きる方が先だろう。
「分散してこちらが惹きつけます。兄上がトドメを」
「いいのか? この戦いをずっと続けてきたのは……お前だろう、ジウスドラ」
「父上と一番遺恨が残ってしまっているのは兄上ですからね。オレは出来の良い弟として譲りますよ」
「ふっ、まったく」
一際巨大な剣が飛んできた瞬間、兄弟は合わせていた拳を離して左右へダッシュをした。
「ちっ、すばしっこい奴らめぇ!」
ランドフォルは左右の手を別々の照準のようにして質量兵器を飛ばすのだが、さすがに二ヶ所へ分散して、しかも狙いを付けるのは難しいらしい。
多少命中コースに入ったとしても、各個のスキル【リサイクル】で防がれてしまう。
「ちょこまかと!! これならどうだ……ダスト兵! ダスト馬! ダストゴーレム! ダストドラゴン!」
見慣れたダスト兵と、他の珍しいダストシリーズが質量兵器の代わりに生み出されていた。
それらは回避を続ける兄弟のところへ突進していき、身体を掴む。
「ぐははは!! これで避けられまい!!」
「しまった――とでも言うと思ったか? こちらにはお前みたいな一人のお人形遊びじゃない、ちゃんとした使えるゴミ共がいるのでな」
「なに!?」
ノアクルへ群がるダストシリーズは斬り裂かれ、ジウスドラに掴むダストシリーズは粉砕されていた。
それは風のようにやって来た二人の仕業だ。
「ノアクルの旦那、褒め言葉だとはわかっちゃいるんですけどねぇ……。せめて野菜クズくらいの言い方にしてくだせぇ」
「ノアクルの弟、恩人の弟。助ける」
それはダイギンジョーとスパルタクスだった。
「キサマたちか……海神からのエネルギー供給装置を壊したのは……!!」
「へい、そうでさぁ。まぁ、あんたにちゃんとした仲間がもっといたら手こずっていたでしょうがねぇ? ゲスで仲間を力でしか縛れないランドフォルっていう、ケチな魔人さんには不可能でしょうが」
「アフロ、ランドフォルのこと見限ってた。ここへの最短ルート教えてくれた。お前、寂しい奴」
「……こんのゴミ共がぁぁあああああ!!」
ランドフォルは痛いところでも突かれたのか、ぶち切れていた。
「我を怒らせたことを後悔するがよい! もうあとのことなど知らぬ!! 王都の外で人質としているダスト兵の中に入れた人質を――」
そのとき、ランドフォルはようやく気が付いた。
謎の輝く船が陸地に出現していたことを。
「なんだアレは……まさか! 報告にあった神気を与える神術か!!」
「時すでに遅しですにゃ。王都周辺にまで届く超広範囲で使って威力は弱まるけど、それでも取り込んだ人間から神気を発せられたダストアーマーたちはひとたまりもないにゃ」
今、王都の外ではダストアーマーに囚われていた人質たちが、強制的に解放されていた。
同時にその人質たちを救出するためにアルヴァ宰相率いる王国軍の兵士たちが奮戦している。
彼らも神気のバフが薄くでもかかっていれば、ダスト兵相手に戦えるのだ。
ちなみに白髭キリィカウント戦のとき、陸地にゴールデン・リンクスを出してしまったために回収不可能となっていたのだが、ある人物が回収に協力してくれた。
それはトレジャン海賊団のコイコンだ。
彼はジュエリンの遺品である、浮力を発生させる宝石を隠し場所から持って来たという。
それを消費して、トレジャン海賊団の船員までもが協力してくれて海まで戻したのだ。
これらはすべてジウスドラがトレジャン経由で指示したものだ。
「ジウスドラ、キサマ……まさかこれも計算に入れて……」
「さぁ、どうだかな」
「にゃ~、もしかして品性だけじゃなくてIQも低いんですかにゃ~?」
「実験動物のクセに生意気なぁーッ!!」
怒りに身を任せたランドフォルは、ゴールデン・リンクスの上に立つジーニャスに向けて質量兵器を放った。
「にゃー!? 今はまだここから動けないにゃー!?」
「ったく、世話の焼ける奴だ」
トレジャンが前に立ち、質量兵器を義手で打ち砕いていく。
近くにいるメンバーは神気バフが強めにかかっているようだ。
「こっちも忘れてもらっちゃ困るぞ」
「なっ!?」
ランドフォルは気を散らされて、接近するノアクルへの反応が遅れた。
「生と死を超越した我が最強の一撃を受けよ――〝増幅式・|完璧を切り拓く輝きの手〟!!」
「ぐおぉ!?」
ランドフォルにヒットした――のだが、それは両腕でガードされていた。
焼けただれた両腕だったが、すぐに質量兵器を応用した義手のようなものに変化した。
「ざ、残念だったなぁ……この程度の一発では我は倒せぬ……!」
そのとき、ランドフォルは気が付いた。
ノアクルが含み笑いをしていることに。
「な、何がおかしい!?」
「いや、なに。それじゃあ、もっと攻撃を加えれば倒せるってことだろう?」
「戯れ言を……!! 今のキサマにそれ以上の攻撃など――」
「今の俺一人ならな。頼んで良いか、ステラ――いや、永劫回帰の海神ステラ」
いつの間にかノアクルの横には、眼を緑色に輝かせたステラが立っていた。
「なぜ、ステラが海神だとわかったでありますか?」
「双子の姉妹であるツァラストが海神なら、ステラもそうなるだろう」
「たしかに」
二人はクスッと笑った。
「あの装置が破壊されてから、自分が海神であったと理解してきたであります」
「ギャハハハ! 盛り上がっているところ悪いがなぁ! ノアクルはすでにスキル【リサイクル】を得ている!! 何ができるというのだ!!」
海神が与える禁忌スキル。
ノアクルはそれをいつからか持っていた。
ジウスドラのようにスキルを得て戦力アップには繋がりないということだろう。
「力を抑えていた封印を解いてくれ」
「……は?」
ランドフォルはマヌケな声をあげていた。
ステラは気にせず話を進める。
「本当に良いのでありますか? 強力すぎる力は、人が人でなくなってしまう可能性も……」
「構わん。別に人だとか、獣人だとか、神だとか、魔人だとか、ゴミだとか。そういう種類は気にせん」
「まったく、これだからゴミ王子は」
「最高の褒め言葉だ」
ランドフォルは嫌な予感がしていた。
この感覚は人生で二度目だろうか。
一度目は大昔、親友に裏切られてすべてを失ったときだ。
本能が、直感が、それくらいヤバいと魂からの警告を発している。
絶対に止めなければならない。
「うおぉぉおおおおおお!! させるかああああ!!」
すべての質量兵器を、無防備なノアクルとステラに撃ち放つ。
それは今までの攻撃で一番の乱射かもしれない。
その前にジウスドラとツァラストが立ちはだかる。
「ランドフォル、お前ほど見苦しい奴は見たことがない」
「新たな愛が生まれるところなのに、無粋ですね」
弟王子と許嫁、二人は力を高め合ってスキル【リサイクル】で攻撃を防いでいく。
長くは持たないだろうが、それで充分だと理解している。
「どけぇぇぇええええ!!」
ランドフォルの叫びも虚しく、ノアクルとステラの厳かなる契りが交わされようとしていた。
「お前も使えるゴミだ、俺のモノになれ。永劫回帰の海神ステラ」
「アナタに力を」
ノアクルの右手にスキル【リサイクル】の紋章が浮かび上がり、ステラはその手を取って口付けをした。
紋章は真の姿を取り戻す。
「ここからは任せろ、ジウス」
ノアクルは質量兵器の猛攻に身を晒した。
真なる紋章輝く右手で〝|完璧を切り拓く輝きの手〟を放ち、質量兵器の一つを破壊する。
「ぎゃははは!! たった一つ破壊して終わりかよ!! さっきと何も変わらねぇじゃねぇか! ノアクルぅ!!」
「リサイクルに必要なものは何だと思う?」
「こ、こんなときに頭でもおかしくなったか!?」
「リサイクル、リデュース……そして繰り返し使用のリユースだ!」
ノアクルは間髪入れずに〝|完璧を切り拓く輝きの手〟の二発目、三発目を放っていく。
それは質量兵器をモノともせずに、ランドフォルトの距離を詰めていく。
「な、なんだと!? たかが下界の人間がこんな強力な攻撃を繰り返し使うなど……ありえない!!」
ノアクルは撃ち放った力をすべて繰り返し利用している。
物理的にはありえないことだが、海神が与える禁忌スキルの真の力を発揮した今なら可能だ。
その名も――。
「永劫回帰の力を得た我が最強の一撃を受けよ――〝無限式・|完璧を切り拓く輝きの手〟ッ!!」
ただでさえ威力の高い〝|完璧を切り拓く輝きの手〟が、マシンガンのような連打でランドフォルを圧倒する。
「ぐぎゃああああああああああああああああああ!!」
ガードした腕をへし折られ、腹を殴られ、胸を殴られ、顔面を殴られ――ひたすらにラッシュを打ち込まれる。
ランドフォルは激痛に顔を歪ませながら吹き飛び、城壁に叩き付けられ、そのまま倒壊した瓦礫に埋まってしまった。





