アスピVS睡眠欲のシープ・ビューティー
ここは最後の海神封印装置がある場所――睡眠欲のシープ・ビューティーが守っている。
シープ・ビューティーは街の住人を眠らせて、どんな刺客がやってくるのかと待ち構えていた。
ノアクルとステラのコンビだとスキル【睡眠欲】を破られているので、自分では戦いにならないとビクビクしていた。
他の〝欲〟のメンバーたちはスキルがなくても強いが、彼女はただの九歳の幼女にすぎない。
スキル極振りタイプなのだ。
「は、果たしてウチは生き残れるのだろうか……」
以前は強気なメスガキ気質だったが、今はひたすら弱気である。
短時間で二度の敗北を喫しただけでなく、ランドフォルが大けがの治療をしてくれたのだが、その代償は寿命だという。
自分の寿命が残りどれくらいかというのがわからない。
死にたいとすら思う過去もあったが、いざランドフォルから死を突き付けられると恐ろしくてたまらない。
ここを守って敵に殺されるか、逃げて味方に殺されるか。
選択肢はない。
身体の震えが止まらない。
「弱い奴が来ますように……弱い奴が来ますように……」
だが、冷静に考えると今まで見てきた敵で、自分よりも弱そうな相手というのを見たことが無いと思いだしてしまった。
一般兵ですら、九歳の幼女よりはずっと強いだろう。
すでにスキルも知られているため、対策もせずにやってくるはずもない。
絶望的すぎる状況だ。
――そのとき、遠くから暢気な声が聞こえてきた。
「まさかワシが一人で向かうことになるとはのぉ……」
恐る恐る物陰から覗き込んでみると、そこには喋る亀がノロノロと歩いていた。
一瞬、見間違いかと思ったが、そういえばノアクルたちの船にいたような気もする。
「亀相手ならウチでも勝てる!!」
バッと飛び出したが、そこでふと思ってしまった。
もし、亀の見た目をしているだけで実際はすごい強かったらどうする……?
「ん? 羊のパジャマを着た子供……。眠りのスキルを使う奴じゃな?」
「ひぃっ!! 怖い!!」
シープ・ビューティーは再び物陰に隠れた。
「な、なんじゃ……。ワシ、そんなに怖いかのぉ……」
「お、お前ぇ!! そんな見た目で実は超強いんだろう!!」
「えぇ……」
何やら困惑している声が聞こえるが、きっと油断させるためだろう。
そうでなければ、ただの喋る亀一匹を単体で送り込んでくるはずもない。
「それなら眠らせてただの亀さんにしてやるよ!! スキル【睡眠欲】! 羊が一匹、羊が二匹――」
指で一、二、三……と数えていけば普通の相手は寝てしまう。
さすがにノアクルとステラでなければ――と思ったのだが。
「なんで眠らないのぉーッ!?」
アスピはいつものようにノロノロと進んでいた。
「そう言われてものぉ……」
「ま、まさかステラとかいう女が……!?」
「い~や。な~んもされとらん。というか、最初に船で遭遇したときも眠くならんかったのぉ……」
「くっ、眠りにくい体質なの亀って!?」
スキル【睡眠欲】は相手の精神に働きかけるという強力なものだ。
つまり、相手の精神ともっと深く結びつけば効果を高めることができる。
この場合は広範囲ではなくなるが、ステラのように無効化されているのではなければ試す価値はあるだろう。
「スキル【睡眠欲】……睡眠寝落!!」
これはスキルを進化させたものだ。
シープ・ビューティーは身体的には強くない分、こういう方面に才能があったのかもしれない。
効果は眠りが浅い相手などの精神とつながり、一糸まとわぬ精神体の姿で深くダイブして、眠りへ誘うというものだ。
弱点としては相手の精神が強かったり、複雑だったりする場合は失敗して大変なことになってしまうが、そんなのランドフォルくらいかもしれない。
こんな単純そうな生物の亀の精神なんて、たかが知れている。
そう思っていたのだが――。
「な、なにこれ……この亀の中……デカい……」
ダイブした瞬間、大体の相手の精神の大きさがわかる。
今見えているのはまだ入り口だが、途方もなくデカいのだ。
それも鎖で雁字搦めにされている扉が数千個はあって、厳重な封印されているようにも見える。
「どれが亀にとって重要な扉か……」
鎖で封印されている扉だが、巨人用のサイズのように大きい。
その一つの隅っこが腐食していて、シープ・ビューティーのサイズなら屈んで通れそうだ。
「きっと封印されてるってことは、大事な扉のはず……ここを侵食してやれば簡単に眠らせられるってわけね!」
やっと主導権を握れそうでニヤニヤしてしまう。
さっそく通り抜けようとしたのだが、途中で違和感を覚えた。
大きな尻が引っかかって動けない……というネタではない。
中の空気にニオイを感じないのだ。
普通、人間であれば精神の扉の向こうは記憶などに関連付けられたニオイがしてくる。
美味しい食事であれば香ばしいニオイ。
恋人との記憶なら甘ったるいニオイ。
怪我の記憶なら鉄のニオイ。
この亀の記憶からは、透明なニオイ――つまり何もないのだ。
人間じゃなくて亀だからだろう、と違和感を振り切って扉の隙間を通った。
「ここは……学校?」
この亀の目線なのだろうか。
見たこともない珍しい素材で作られているが、机と椅子が並び、黒板のようなものもあった。
そこには年端もいかない少年少女たちが並び、授業を受けていた。
話している言葉は今の言語ではないようだ。
すぐに場面が移り変わった。
「天使……?」
困った人々を天使たちが守り、助けていたのだ。
様々なところで人々が、天使に感謝をしている映像が同時にいくつも流れていく。
またすぐに画面が切り替わる。
「うっ」
天使や、異形の機械たちが人々を虐殺している。
剣で殺し、爪で引き裂き、火炎放射器で焼き、毒で衰弱させ、広範囲魔法で蒸発させる。
そこには同族だから慈悲をかけるという最低限のリミッターすらない。
ただひたすら効率的に、システマティックに人殺しが行われていた。
作業とも言えるだろう。
「な、なによこれ……。ウチでさえ、こんな地獄のような光景は見たことが無い……早く……ここから出なきゃ……」
シープ・ビューティーは元来たドアに戻ろうとしたのだが、この亀が見ているらしき視点から外れることができない。
いや、そもそも亀にしては視点が高いのだ。
自身の手と緑色の長い髪も見える。
「これは人間の記憶……いや、違う……こんな何の感情もない人間なんているはずが……」
全人類を滅ぼそうとしているような光景。
殺戮を感情も持たずに見つめている情景。
異常だ。
人類を滅ぼす手順を見せられているのに。
実際に自分の記憶ではないのに、頭がおかしくなりそうになる。
シープ・ビューティーは強制的に数年、数十年、数百年――果てしない地獄を見せられた。
精神が崩壊しながらも、古代語の中で聞き取れる言葉が一つだけあった。
『ランド・フォ・ル』
***
「な、なんか急に出てきたと思ったら、この娘倒れおったぞ? 寝ているだけっぽいから平気そうじゃが……」
アスピは、シープ・ビューティーを心配そうに覗き込んでいた。
「まぁ、あとから来る王国軍に助けてもらえるじゃろ。ワシは海神封印装置とやらを壊しに行かねばならん……。まったく、年寄り使いの粗いことじゃのぉ」
再びノロノロと進んでいくのであった。





