ムルVS性欲のクジャーム
クジャームは焦っていた。
気まぐれにアタノールの街へ出向いたときに遭遇してしまったハーピー……――ムルと呼ばれていた存在だ。
ムルさえいなければ、イケメンたちをゲットできて、邪魔な女共を始末できているはずだった。
「それをあの女……ムルとかいう奴は……!」
いきなり光の羽根を降らせたり、強烈な回し蹴りを食らわせてきたりと邪魔をしてきた。
男ならスキル【性欲】で操れるのだが、ムルは女だ。
ムカつく。
何がムカつくかというと、男受けしそうな顔で、男受けしそうな下品な身体で、男受けしそうな水着という卑怯な格好をしているハーピー風情なのだ。
自分よりもイケメンたちにチヤホヤされそうで許せない。
「こっちはスキルをランドフォル様からもらう前、どれだけイケメンに振り向いてもらうのが大変だったか……。それをあのムルとかいう女は簡単に手に入れてそうでムカつくニャオー……!!」
クジャームは化粧で固めた顔を醜く歪め、近くにいたイケメンへ八つ当たりで踏み付けた。
「クジャーム様! ありがとうございます! ありがとうございます!」
「ムルとかいう、あの女は絶対にぶっ殺す……クァーッ!!」
殺意をわき上がらせるまではホットな感情だが、ここからはクールに殺しを実行しなければならない。
憎い女を見つけたら徹底的にやる、それがクジャームだ。
シンプルな罠を張った。
その罠に仕掛けられた材料は子供と、その父親だ。
子供はまだ性欲が芽生えていないのか洗脳はできなかったが、父親の方は言いなりだ。
それがたとえ、自分の子供を殺せと命令しても実行をしてくれる。
ムルが、この海神封印装置の周辺にきたらスタートだ。
「イケメンをはべらせるのも良いけど、ああいう女を八つ裂きにするのも好きよ……!」
クジャームは、コッコッコッコと鳥の鳴き声のようなものを小さく出しながら物陰に身を潜めていた。
しばらくすると空からムルがやってきたのでスタートだ。
子を親に襲わせる。
「ぱ、パパ……どうしたの!? なんで急に!?」
「クジャーム様に命令されたから、お前を殺すんだよぉーッ!!」
ムルはすぐにそれを見つけ、子供を庇った。
クジャームはほくそ笑んでしまう。
子供というのは非常に使い勝手が良い。
非力だし、バカだし、従順。
鬼牙に子供を持ち運ぶように言ったのもクジャームだ。
『〝欲〟のメンバーの中でも、クジャームの邪悪さは一、二を争うかもしれない』とかアフロに言われたが余計なお世話だ。
「今だ、アタイの虜たちよ、一斉にかかれニャオー!!」
周囲に配置しておいた男たちを飛びかからせ、ムルの動きを封じる。
ここでようやくクジャームは姿を現した。
勝利を確信したからだ。
「おっと、ムル。動いちゃダメよぉ。抵抗したらそいつら自害させちゃうから。少し前も人間を傷付けないようにしてたでしょ、アンタ」
「どうして、人間は人間を傷付けることができるの~?」
「クァーッ!? 何寝ぼけたこと言ってるニャオー!! 人間……特に男なんてどいつもコイツもクズ!! イケメンだってツラが良くて、アタイに洗脳されて気持ちよく褒め称えてくれるから生かしてるだけェーッ!」
「アタシはわからないな~。人間のことが大好きだもん~」
イラッとしてしまった。
人間のことが大好きな奴なんているはずがない。
みんなそうに違いないのだ。
「おい、おまえら!! 人間なんて全員クズだよなぁ!!」
『はい、その通りですクジャーム様!!』
クジャームのイケメンハーレムたちが一斉に答えるが、よく考えたらイラッとすることがあった。
「全員だとアタイもクズってこと? コッコッコッコ……クァーッ!!」
自分で言わせておいて、などイケメンハーレムたちは考えもしないだろう。
洗脳による絶対服従なのだ。
「アタイ以外で素晴らしい存在なんて、強欲の魔人ランドフォル様くらい」
クジャームはウットリとした表情で語る。
「絶対的な力からくる自信、カリスマに溢れた発言……まさに神!」
「え~、別にアレは〝神〟に属してないけどな~」
「アンタにランドフォル様の何がわかるってのさ!!」
「ん~……」
ムルは指を一本ずつ折り曲げ、五本目で止まった。
「すっごい昔の知り合い~」
「む、昔の知り合いですって……つまり元カノ!?」
「なにそれ~」
「このアマぁーッ!! とぼけた喋り方をしやがってクァーッ!! ぶっ殺すニャオー!!」
動くことを禁じられているムルを、クジャームは鋭い爪で滅多刺しにした。
多少は魔力防御で硬くも感じたが、破れない堅さではない。
見るも無惨なハーピーの穴あき死体が出来上がっていた。
「はぁはぁ……ざまぁみろニャオー……!」
クジャームは、マウントを取ってきたクソ女を八つ裂きに出来てスカッとした。
そのまま良い気分で惨殺死体に背を向け、洗脳済みのイケメンたちと共に撤収しようとしたのだが――背後から気配を感じた。
「なっ、なんで生き返って……」
振り返るとそこには、ゆらりと立ち上がるムルの姿があった。
不気味なことに傷は瞬時に塞がり、ムルの眠たげな表情は覚醒へと至っていた。
金色の眼を見開き、生物とは思えない程に輝かせていた。
「覚醒ちゃった」
ムルの頭部の翼はマスクのようになって顔を隠し、頭上に光輪が発生した。
水着のように見えていたモノから硬質な金属が延びていき、神聖なる鎧へと変化していく。
両腕と背中の四枚の翼を広げて浮かび上がるその姿はハーピーではない――天使だった。
それを見ていたイケメンたちは自然と跪く。
「て、天使様だ……」
「お美しい……」
「この神々しさに比べればクジャーム様なんてニワトリだ……」
「あ、アタイの洗脳が解けたニャオー!?」
非常にマズい。
人質作戦が通用しなくなったのだ。
「こうなれば何度でも殺すまでクァーッ!!」
クジャームは、ムルが動いていない今この瞬間を狙って攻撃を仕掛ける。
先ほどと同じように穴だらけにしてやろうと思ったのだが――。
「な、なんだこの堅さはッ!?」
鎧の強度は今まで見てきたどの名工製の物よりも硬く、鎧を避けた生身の部分でさえ恐ろしいレベルの魔力防御が施されている。
絶対に越えられない、圧倒的な力の差を感じてしまう。
『戦闘モード――起動』
ムルの鎧に施されていた古代兵器のような装飾が輝き、聞いたことがない声が響いた。
ムルではない、何かの無機質な冷たい声だ。
その瞬間に発生したのは、眼球に針を突き刺されたのかと勘違いするほどの強烈な殺意。
本能が直視してはいけないと警告している。
だが、翼のマスクの隙間から微かに見えてしまった。
ムルと呼ばれた存在が放つ、人類を絶対に殺すという使徒の冷酷な視線だ。
「ひっ……ハーピーなんかじゃない……なんなのよ!?」
全身に怖気が走り、〝コレ〟と敵対してしまったことを後悔する。
この感覚は二度目だ。
ランドフォルと同様の畏怖を感じる。
遺伝子に刻まれているような、絶対に逆らえない相手というのが直感でわかる。
とにかく、ダメなのだ。
選択肢は強制的に一つしか無い――逃げる。
「クァーッ!!」
人生で一度も使ったことがないような、全身の筋肉を総動員して空へ飛び上がって逃げる。
ランドフォルからスキルをもらって、ちょっと身体がクジャクのようになって強くなり、男を支配できるようになっていたりと調子に乗っていた。
この世界は圧倒的に強い存在がいて、それに敵対してはならないのだ。
もし、敵対してしまった場合は――。
「や、やった……逃げられ――ひぃっ!?」
それは目の前に瞬間移動してきた。
『粛正対象』
「殺さないでええぇえぇえぇええええ」
『……ムル・シグによってキャンセル確認』
「た、たすかっ」
「でも、しばらく眠っていてね~」
ムルの優しい声と共に、空中でクルッと一回転踵落としが決まった。
クジャームは隕石のように落下し、轟音と共に地面にクレーターを作った。





