ダイギンジョーVS食欲の鬼牙
ダイギンジョーは全員と別れたあと、王都のレストラン街へと向かっていた。
ここに海神封印装置の一つがあるということだ。
そして、誰が守っていたか、というのも聞いていた。
「鬼牙――はノアクルの旦那がぶっ飛ばしていたはず……。あれだけの状態ならどんな治療でもしばらくはかかると思いやすが……」
それでも、ツァラスト経由でジウスドラから注意されていた。
ランドフォルは何をするかわからない、注意しろ――と。
警戒しながら進んでいく。
ここらはレストランで使う食材の店も多いらしい。
さすがに物資的に貧しくとも、人間が生きて行くためには料理が必要なので経営されている痕跡がある。
「……妙でさぁ。店はやっているのに、人がいねぇ」
レストランも、食材店も誰もいない。
もしかして、異変に気が付いて住民たちは逃げ出したのだろうか?
それだったら問題はないのだが。
「ベチャ……グチャ……」
封印装置の方向に進んでいくと、微かに音が聞こえてくる。
咀嚼音だ。
こんな状況では嫌な予感しかしない。
そっと通路から覗き込むと、そこには鬼牙がいた。
どうやら食材店の食べ物を片っ端から食べているらしい。
「なぜ鬼牙が……しかもダメージを負ってないように見える……」
次の瞬間、鬼牙の足元の何かに気が付いたダイギンジョーは飛び出していた。
「んぁ? あんときの猫獣人か~」
「この外道が……! 子供を数珠つなぎにしてどうしようってんでぇい!!」
ダイギンジョーが怒りを見せた理由――それは鬼牙の足元に干し柿か何かのようにロープで縛られた子供たちがいたからだ。
痩せ細り、唇が乾いていて微かにうめき声をあげている。
「ここらへんの食べ物を喰い尽くしたあとのデザートだど」
鬼牙は悪びれもしないで言い放った。
ダイギンジョーは急いで子供たちのロープを斬り裂いた。
「早ぅ、お逃げなすって!!」
「う、あぁ……」
子供たちの反応は薄く、辛うじて歩けるものが他の子供に肩を貸して離れようとしていた。
「あ、オデのデザートが!」
「あっしが足止めをしておくので急いでくだせぇ!!」
鬼牙は二刀流を振り上げ、子供たちの脚を削ごうとしていた。
ダイギンジョーはそれを受け止め、いなして耐える。
子供たちを守りながらの闘いは不利だが、ここで子供を見殺しにしたとあってはノアクルや船長に申し訳が立たない。
鬼牙の巨体による攻撃は、スピードタイプのダイギンジョーにとって重すぎる。
一撃一撃が巨人と子供の差だ。
「くっ!!」
「あぁ~、オデのデザートがにげていくぅぅぅ~!!」
子供たち全員が逃げるまでそこまで時間はかからなかったのだが、ダイギンジョーは異常な疲れを感じていた。
いや、違う。
これは空腹だ。
「あっしとしたことが……またスキル【食欲】を受けて腹ぺこになっちまいやしたぜ」
「しょうがない。おまえ、食べる。どんな味がするかたのしみ」
ダイギンジョーは急いで食材店から果物を取り、口に入れた。
少しだけ腹が満たされたと思ったが、鬼牙のスキル効果で数秒も持たない。
腹が減りすぎると力が入らない。
「むだむだぁ! オデのスキルは食欲があるいきものなら、ぜったいに空腹にさせちまうんだべぇ! ふつうに食うはやさじゃ、どうにもできねぇど!」
鬼牙からの一方的な剣戟で、せっかくの闇鉱石の戦闘用包丁も盾にしか使えない。
そのまま蹴飛ばされ、ダイギンジョーは吹き飛ばされて壁に激突してしまった。
「ぐはッ!?」
「あんなデザートたちをたすけなきゃよかったのになぁ」
「飢えた子供を見捨てるってのは、ちょっと出来ねぇ性分でさぁ……」
「ゲハハハ! それでじぶんが餓死しちゃわらえねぇべ! オデのかちぃー!」
鬼牙は二刀流を振り上げ、ダイギンジョーにトドメを刺そうとした。
ダイギンジョーは落ち着いた様子で、革袋から一粒の〝食べ物〟を取り出していた。
「ん? なんだべ、それは?」
「兵糧丸っていう食べ物でさぁ」
「オデ、それ食べたことない」
「東の国の忍者の携帯食で、これ一粒で腹一杯になるくらいのカロリーが込められた物でさぁ」
「いまさら、腹一杯になったところでオデにかてるはず――」
「これは特別性で、今からやる一芸に消費する高カロリーを補うためでさぁ」
ダイギンジョーは兵糧丸をガリッと食べた。
硬く、パサつき、味が悪い。
「不味い……こりゃあ料理人失格でさぁ」
ダイギンジョーが発熱し、蒸気が上がる。
「な、なんだどぉ!?」
多すぎる蒸気で周囲が見えなくなり、鬼牙は混乱していた。
「荒野で見つけた鋼鉄サソリの毒、アレはケットシー用の珍しい薬になりやしてねぇ。いわゆる、若返りの薬なんでさぁ」
「なっ!?」
鬼牙は、煙の中から見えてきたダイギンジョーのシルエットに驚いていた。
猫が二足歩行したような元のケットシー体型とは違い、スリムで人間のような身体をしていたのだ。
ただし、その頭部や耳、毛皮などはそのままなのでスパルタクスたち獣人に近くなった感じだろうか。
眼光鋭い、粋で鯔背な伊達男――いや、伊達猫の色っぽい流し目。
「だ、だれだどぉー!?」
「あっしは……幼い頃、雪の夜――」
鬼牙は寒さを感じた。
さっきまでは食欲に頭を支配されて暖かいとすら思っていたのに。
いつの間にか周囲は暗くなり、雪すさぶ風が痛い。
「――月下に置いてかれた、ただの捨て猫でさぁ……。刃金殺法〝雪夜月〟」
雪だと思っていたモノは、冷たい刃だった。
瞬きした瞬間に鬼牙は全身から血を吹き出し、その場に倒れて動かなくなった。
「お前さん、ご自分の腹が減ったからってお相手の腹まで減らしてちゃざまぁねぇぜ? 人様の腹ってのは料理で満たしてやるもんでさぁ」
そう言って黒い戦闘用包丁を背中に戻そうとしたダイギンジョーだったが、心臓を押さえてうずくまってしまう。
「うっ、もう効果時間が……」
再びダイギンジョーから蒸気が出て、元の小さなケットシーに戻ってしまった。
「だから使いたくなかったんですがねぇ……。きついけど、装置だけは壊しやすか……てやんでぇ、チクショウ……」
ダイギンジョーは辛そうにしながらも歩き出した。





