スパルタクスVS美貌欲のアフロ
仲間と別れて一人になったスパルタクスは、作戦段階で指示された地点へと向かっていた。
そこはアルケインの海神を封印する装置への地下階段があるらしい。
だが――そこには知った顔が立ち塞がっていた。
「ほう、美しい筋肉の獣人くんじゃないか。スパルタクス……だっけ?」
それは筋肉モリモリマッチョなイケメン――アフロだ。
「お前、強い男。アフロ」
「覚えていてくれて光栄だな!」
名前はアフロだが、艶やかな亜麻色の長髪をファサッとさせていてややこしい。
爽やかな笑みを浮かべ、白い歯を輝かせているのだが、周囲には彼のファンと見られる女性が大勢いた。
「キャー! アフロ様ー!」
「今日も素敵ー!」
「ファンサしてー!!」
アフロは彼女たちの方を向くと、ダブルバイセップス――両腕の力こぶを見せつけるようなポーズをした。
するとファンの女性たちから黄色い歓声が上がった。
「キャー!! ファンサしてくれたー!!」
「逞しい筋肉きたわぁー!!」
「チラッと見える腋ぃ……」
興奮するもの、恍惚の表情を浮かべる者と様々だ。
そのノリが理解できないスパルタクスは、遠慮がちに訊いてしまう。
「も、もういいか?」
「ああ、すまない。待たせてしまったね。お詫びとしてキミから攻撃してきて良いよ。今ので美のスキル【美貌欲】が発動したしね」
アフロのスキル【美貌欲】は、周囲から美しさを褒め称えられればパワーが上がるという単純なものだ。
他の〝欲〟スキルと違って相手を弱体化させたりするものでもないので、その分単純に敵に影響されず強い。
「良いの? 殴るよ?」
「遠慮せずに来たまえ、スパルタクスくん。まぁ、キミの力じゃ美には届かな――ブホォッ!?」
アフロは最後まで喋ることが出来ず、スパルタクスの右ストレートを腹にめり込ませていた。
まるで下痢のときのように腹を押さえながら、後ろへ数歩下がってしまう。
「おぉぉ……何か前と違……」
「前は素手だったから拳を壊さないために全力を出せなかった。今はこれがある」
スパルタクスは闇鉱石で作られた籠手を見せた。
武器としてはそうでもないが、拳闘士としては拳保護の効果で全力を出せるようになったのだろう。
アフロは驚いていたが、ファンの女性たちが心配そうな表情をしているのに気が付いた。
まったく痛くないというやせ我慢のイケメンスマイルを浮かべる。
「ま、まぁそれくらいでなければ、美の前に立つ資格すらないからな! ようやく、こちらの領域に来たということだ!」
「キャー!! さすがアフロ様ー!!」
「余裕よね!」
「やっちゃえ、やっちゃえー!」
アフロは歓声に応えるように手を振ったあと、スパルタクスに向かって構える。
「この一撃で有終の美を飾らせてあげよう!」
「来い……!」
スパルタクスは相手がしていたようにノーガードだ。
アフロの右ストレートは意趣返しのように、スパルタクスの腹筋に突き刺さる。
アフロはそのめり込み具合の感触からニヤリとした。
筋肉を越えて、内臓までダメージがいっていると確信したからだ。
口から汚物を撒き散らしながら、失禁して倒れる相手を何度も見てきたパターンだ。
だが――。
「なっ!?」
「……」
スパルタクスは立っていた。
激痛を感じているであろう表情ではあるが、口から汚物どころかうめき声すら出さない。
同じ拳闘士だからこそわかった、我慢しているのである。
何か超越した気迫を感じて、一歩引いてしまう。
(う、美しい……この美が美しさで押されている……!?)
「次は僕の番」
アフロに迫るスパルタクスの拳。
アフロは自分もスパルタクスのように美しくできると信じて覚悟を決め、仁王立ちをした。
顔面を襲う凄まじい衝撃、脳が揺らされ、意識が飛びそうになる。
あまりの激痛と吐き気に泣き言を言いそうになるが、それでも我慢美のために耐えた。
「ほ、ほうは……はえはほ……」
上手く発音ができなかった。
どうやらアゴの骨が外れていたようだ。
ゴキッと手で直してからもう一度言い直す。
「どうだ、耐えたぞ!」
アフロは美を感じた。
しかし、妙にファンの女性たちが静まりかえっておかしいと思い、そちらに視線をやると――。
「うわっ、アフロ様の顔が……」
アフロは気になって近くにあった住宅の窓ガラスの反射で、自分の顔を確認してみた。
するとそこには腫れ上がって、鼻血を流したボコボコの醜い顔面があった。
「お、おぉ……何たることだ……この美の美を穢すとは……。お前もこうだ!!」
アフロは怒りにまかせて、スパルタクスの顔面を殴打した。
それも一回ではなく、何度も何度も殴り続ける。
息切れでようやく乱打が止まり、スパルタクスの顔面を見るとアフロと同じようにボコボコになっていた。
「は、はは……どうだ……お返しだ……」
「……」
スパルタクスはフラついているが、何も言わない。
一方、アフロは自分が下卑た笑いを浮かべているのに気が付いた。
周囲の女性ファンたちがヒソヒソと話し始める。
「ね、ねぇ……ちょっとアフロ様、卑怯じゃない……?」
「う、うん……。今までは一発ずつ殴ってたのに、急に怒って何発も……」
「顔も醜くなっちゃったし良いとこ無しで幻滅しちゃうわ~」
それを聞いてしまったアフロはショックを受けた。
「お、美から美が失われたというのか……!?」
急激に力が抜けていくのを感じる。
スキル【美貌欲】のせいだけではないだろう。
自らの美に対する姿勢すら、怒りにまかせて誓いを破ってしまったのだ。
行動が美しくない。
「お、美は美じゃなくて、ただの醜なのか……?」
自らのアイデンティティを完全に打ち砕かれたアフロは、メンタル的に砕け散ってしまった。
もう戦えない。
涙と鼻水が、嗚咽が止まらない。
「うわ、だっさ……」
「イケメンじゃなかったら、ただの股間に葉っぱ付けた変質者じゃん」
「よわ、みっともな」
それまでファンだった女性は辛辣な言葉を投げかけていく。
スパルタクスも怒りの表情を露わにして、ズンズンと向かってきている。
アフロはもう何もかもダメだと思って諦めた。
だが――。
「そこの女たち、アフロを馬鹿にするな。何もしてない外野がうるさい」
スパルタクスは卑怯な真似をしたアフロに怒るのではなく、罵声を投げかけていた女性たちに怒っていた。
「な、なにこの顔がボコボコのワンちゃん……ぜんっぜん可愛くない」
「しらけちゃった、もう行こ。みんな」
「ちょっと待て、女たち」
「な、何よ」
そこで元ファンの女性たちは初めて、自分に敵意が向けられたかもしれないとビクビクしてしまった。
一般人など、殴られたら簡単に即死するような相手なのだ。
「この王都は危険。王国軍があっちからやってくると思うから避難させてもらうと良いよ」
「わ、わかったわよ」
元ファンの女性たちはホッと一安心しながら、その場を去って行った。
残ったのはスパルタクスとアフロの二人だけだ。
「な、なぜ醜を庇った……」
「お前、強い。尊敬に値する」
「う、美しい……」
アフロは宇宙の真理を悟った。
自分の美は誰かから賛美されるためにやっているモノ。
一方、スパルタクスの美は自らの内から来るモノなのだ。
外部に美という宇宙を求める者と、内部に宇宙という美を内包する者では勝負になるはずがない。
「スパルタクス……お前の美に完敗だ……」
アフロは今までの人生で一番良いスマイルを浮かべていた。
それに対してスパルタクスは不思議そうな表情をして――。
「え? まだ戦いの決着は付いていない」
最大級の鉄拳を放つために、全身をバネにして拳を後方に引いていた。
「ちょ、ちょっと待て。すでに美の勝負で負け――」
「殴る、勝つ。それが大事」
「ああ、そうか……こちらの美など最初から眼中になく――」
「ダダダダダダダダダダッッッッ!!!!」
スパルタクスは乱打されたお返しだというばかりに、アフロへ嵐のような拳――それも全体重を載せた攻撃を連続で放っていく。
アフロの全身に拳痕が刻みつけられ、トドメの一撃が放たれる。
「ハァァァァ!! 〝神気獣身撃〟!!」
「うづぐぢぃぃいいいい!!!!」
吹っ飛んだアフロは地下の入り口の方に入っていき、大きな爆発と共に戻ってきた。
どうやら、封印装置にぶち当たって壊したらしい。
アフロの髪はチリチリのアフロになり、それでも満足げに気絶していた。
「楽しい闘いだった」
そう言うスパルタクスも顔はボコボコだが、その表情は笑っていた。





