ジウスドラVSランドフォル
聞き間違いであってほしかった。
だが、そんな希望的観測に縋るほどジウスドラの覚悟は甘いものではない。
ブラフの可能性もあるので聞き返す。
「ランドフォル、何のことだ?」
「とぼけなくてもよい、ノアクルと仲間を王都に引き入れて装置を破壊しようというのだろう?」
ジウスドラは隠し持っていた闇鉱石のナイフを取り出すと同時に、ランドフォルを突き刺した。
ランドフォルは、その状態でも余裕の笑みを浮かべている。
ジウスドラは舌打ちをしつつ跳んで距離を取る。
「ふむ、これは神気を纏う武器か。傷の治りがチョビっとだけ遅いな。チョビっとだけ」
海賊王フランシスが最初に死者の島に上陸したときの逸品だが、それを説明する筋合いはない。
「いつから気が付いていた、ランドフォル」
「最初からだ」
「最初から……だと……」
「この身体はお前の父親だからなぁ、それくらいはわかってしまうのだ。意外とレメク王は子を見ていたようだ」
「キサマ……!!」
「お前の人生を懸けた姑息な〝欲〟は見ているだけでも楽しかったぞ」
もう隠す必要は無い。
ジウスドラは心の仮面を脱ぎ捨て、獣の如く復讐心を露わにしていた。
「ツァラスト、トレジャン……!! 今やるぞ!!」
すると隠れていたトレジャンが義手で壁をぶち破りながら出てきて、その後ろからツァラストが走ってきた。
「はい、ジウスドラ様の御心のままに!」
「オレの復讐は終わった。次は約束したお前の復讐を手伝ってやる」
ツァラストは前傾姿勢のまま両手を斜め後方へ伸ばし、スキルを発動させた。
「スキル【インダストリアル】!」
左右の手が輝き、それぞれに歪な形の剣が出現した。
これはツァラストが依代実験で植え付けられたもので、精度は低めながらも神気を纏った武器を一時的に作成することができる。
「姉妹の怨み、覚悟!!」
ランドフォルは胴体に二本の剣を突き刺され、立ち尽くしていた。
「どきな、お嬢ちゃん」
トレジャンは後方で神気を溜めて、必殺の〝烽宝砲〟を放とうとしていた。
ツァラストは転がるように横へ回避行動を取り、それを確認したあとに烽宝砲から光が溢れ始める。
「白髭と同じところへ逝っちまえ……! 沈め、〝烽宝砲〟!」
ランドフォルは神気が込められた光の奔流に包まれた。
その光は城の壁を破壊して、外への風通しも良くなったようだ。
「やりましたか!?」
モクモクと立ちこめていた砂ぼこりが、外からの風によって散らされていく。
「心地良い〝欲〟だ……。醸造を重ねた復讐の味とはこういうものか」
ランドフォルは全身の皮膚が剥がれ、焦げた筋肉や骨が見えていた。
それでも平然と喋りながら満足げに笑うと、一瞬で手品のように再生した。
「化け物め……」
ジウスドラが歯ぎしりをするも、ランドフォルはそれすらも興味ありげに観察する。
「お前たち、人間の持つ〝欲〟が一番の化け物だと思うがな。これほど深みのある味を作り出せるモノはそうそうなかろう」
ランドフォルの言葉は本心か煽りかわからないが、ジウスドラは気にせず瞬時に戦況を整理していた。
神気を帯びた力で致命傷を与えれば何とかなる可能性は消えた。
封印されしアルケインの海神から搾取されている力は、本当の意味で不死を与えるものなのだろう。
人間の力ではどうにかなるものではない。
そうなると取れる選択肢は三つほどに限られる。
一つ目は、撤退だ。
絶対に倒せない相手に対して、真っ正面から戦うなどありえない。
「ジウスドラ、お前のことだ。撤退の選択肢も視野に入れているな」
「……」
「だが、その場合はこちらも逃げ出してしまうかもなぁ。それと装置に向かった他のお前の仲間を殺しに行くという手もある」
どちらもさせてはいけない。
「まぁ装置も、本人の寿命と引き換えに強引に力を再生させた〝役立たず〟を配置し直しているがな。もうお前の仲間は死んでいるかもしれん、ククク」
二つ目は、何もかも諦めてランドフォルに服従する手だ。
この場合、ジウスドラは王子として政治的な使い道があるし、依代のツァラストも〝身体〟は生かされるだろう。
だが、多くの民や仲間の未来を見捨てることになる。
そして、もっとも嫌なことがある。
「ここで踏ん張らないと、兄上と母上に胸を張ることができないな」
二人にだけは、最後くらいは自慢できる人生でありたい。
最後の三つ目の選択肢を選ぶ。
「ツァラスト、トレジャン。ここで奴を足止めして兄上と、海神封印装置の破壊を待つ。地獄に付き合ってくれるか?」
「最初からそう言ってますよ、ジウスドラ様」
「地獄なら慣れているぜ」
覚悟を決める三人を見て、ランドフォルは口角を吊り上げる。
「それでも我を倒そうとする〝欲〟……。大変美味になりそうだ。ここまで待ったかいがあった」
「ツァラスト、武器を頼む」
「はい、スキル【インダストリアル】」
ジウスドラは歪な形の長剣を受け取り、闇鉱石のナイフとの二刀流になった。
「三対一なら足止めくらいは……!」
「ああ、言い忘れていたな。この言葉で絶望をスパイスしよう」
「なに……?」
「ツァラストの劣化スキル、それは元々我のスキルだ。どれ、本物を見せてやろう……魔人スキル【悉く癈棄する故き強欲】」
それは突然の強い振動と共に現れた。
城の天井をぶち破り、巨大な柱が落ちてきたのだ。
否、それは人間視点での話。
天空から巨大な剣が何本も落ちてきていた。
それらがジウスドラと、ランドフォルの間をつなぐ社のように両側に次々と落ちて、道のように連なっていく。
言うなれば巨大剣の道だろうか。
「なんだ……これは……」
「強欲の魔人たる我の力の一端だ」
ランドフォルは玉座に座り直し、頬杖を突いて余裕の表情をしていた。
「無限とも思える資源、どこから生まれてきていたと思う? 答えは――すべて我が生み出していた」
「一国を充分すぎる程にまかなえる資源を……だと……」
「アルケイン王国を資源大国とするのなら、そうだな……一国と戦う覚悟を持てよ、小さき人間の王子?」
耳をつんざく轟音――次々と巨大な剣が降り注いできた。





